★法定相続分で分けてはいけない② ふつうの家庭の新常識・妻の老後の安心を守る!

「法定相続分でわけてはいけない!

 

相続は2回あります(夫が亡くなった時と、妻が亡くなった時の2回)。
ふつうの家庭の場合、一次相続では「法定相続分」で分けてはいけません
子と法定相続分で分け合うと、妻の老後が途端に不安定になってしまうからです。

 

■節税バカに振り回されるな

相続セミナーなどで多くの税理士がこんなことを言います。

「配偶者の税額軽減があるからと言って、一次相続で配偶者に全財産を相続させると、二次相続ではその特例が使えないので相続税が高くなり、一次、二次を合計した相続税額はかえって高くなってしまう!」

確かにそういう傾向はあります。
しかし、節税のために「一次相続では法定相続分で分けて」全員がニコニコしていられるのは資産家家族だけです!
この税理士が見ているのは「数字」だけ。
そして”節税”させることが自分の使命だと思い込んでいるこんな人のことを、私は『節税バカ』と呼んでいます。

 

ふつうの家庭でこんな分け方をしてはいけない理由は3つ。

  1. ふつうの家庭にとって妻の老後は決して「安心」ではない。妻を守りたいなら妻の取り分を多くするしかない。
  2. ふつうの家庭の相続財産は夫婦で築いたものである。この家の財産形成に”ご先祖さま”の寄与度は低く、まして子は寄与するどころか人生ステージの前半では教育・結婚・出産・マイホーム支援をとねだり、マイナスの寄与ばかり。
  3. ふつうの家庭の相続財産は不動産の比重が高く分けにくい。無理やり分けようとすると子に金融資産を持っていかれる可能性が高くなる。

 

ふつうの家庭」の定義もしておきましょう。

  • 都市部に住むサラリーマン、個人事業主等を想定
  • 親世代からの相続財産はあまりない
  • 現在の財産の大半は夫婦で築いたもの
  • 子は成年になるまで”扶養家族”であり、財産を消費する人である

親の店や事業の跡取りとして財産形成に寄与度が高い子がいる場合や、両親と同居してお嫁さんが仕事を手伝ったり介護に貢献しているような場合は、「ふつうの家庭」の中には入れません。特別な家庭であり、同列には論じられません。

 

■節税なんかよりずっと大事なこと

さて「法定相続分で分けてはいけない」理由を数字で検証してみましょう。
まず、先ほどの税理士が力説しているのはこういうことです。

●A家の相続(Aは77歳で死去)
正味の遺産額 1億円(不動産6000万円、金融資産4000万円)
法定相続人は▼妻70▼子45▼子42

【重要な注】相続税の計算をする時には「正味の遺産額」を使いますが、実際の遺産額と大きくかい離することがあります。財産の評価でさまざまな特典があるからです。特に小規模宅地の特例」を使えると土地の評価額が80%減額される場合があるので、数字は大きく変わってきます。しかし今回のシミュレーションでは「配偶者の税額軽減」のみを使い、他の特例は考慮しません。計算を単純化するためです。

 

A家の相続の基礎控除額は[3000万円+600万円✕3人=4800万円]
したがって課税遺産総額は[1億円-4800万円=5200万円]

◎法定相続分で分けた場合の各相続人の相続税額

妻 0円
子 157万円
子 157万円

◎妻が全財産を相続すると

妻 0円(「配偶者の税額軽減」効果により1億円でも非課税)

 

では妻が亡くなる二次相続はどうなるでしょうか。

◎一次相続で法定相続している場合

相続財産は▼不動産3000万円(妻の持ち分1/2)▼金融資産2000万円。
これを兄弟2人で相続するので

子 40万円
子 40万円

この結果、一次相続、二次相続の合計は
157万円×2+40万円✕2=394万円

 

◎一次相続で妻が全財産を相続した場合

相続財産は▼不動産6000万円▼金融資産4000万円。
配偶者の税額軽減がないので相続税額グンとアップします。

子 385万円
子 385万円

この結果、一次相続、二次相続の合計は
385万円✕2=770万円

 

だから税理士は「法定相続分で相続する方が[770万円-394万円=376万円]も得」と解説します。

 

■ふつうの家庭なら相続税ゼロ!

以上は数字の遊びです。
実際には妻が相続した分は老後の生活費として日々使われ、手を付けないままそっくり二次相続の時の遺産になる、などということはないでしょう。
しかし今回、そのことは問題にしないでおきます。
もっとずっと重要な論点がありますから。

 

正味の遺産額が1億円ある場合、法定相続分で分けても妻には2000万円の金融資産が残ります。
70歳の妻にとって、2000万円あれば「十分な老後資金」と言えるでしょうか。
不安がる人は少ないですが、私は「2000万円は安心できる額ではない」と思っています。
「重要な論点」とはまさにここ、安心して老後を過ごせるか、です。
(後半で詳しく分析します)

 

「ふつうの家庭の相続」に話を戻して、庶民の現実に近い数字で試算をしてみましょう。

●B家の相続(Bは77歳で死去)
正味の遺産額 4000万円(不動産3000万円、金融資産1000万円)
法定相続人は▼妻70▼子45▼子42

 

正味の遺産額以外はB家とA家の差はありません。

◎一次相続で法定相続した場合

相続税は発生しない。

◎一次相続で妻が全財産を相続した場合

相続税は発生しない。

 

次に二次相続を見てみましょう

◎一次相続で法定相続している場合

相続財産は▼不動産1500万円(妻の持ち分1/2)▼金融資産500万円。
相続税は発生しない。

◎一次相続で妻が全財産を相続した場合

相続財産は4000万円のまま。
相続税は発生しない。

 

不動産を含め正味の遺産額が4000万円の場合、一次相続でも二次相続でも相続税は発生しません。
B家の相続の基礎控除額は
一次相続の場合 3000万円+600万円✕3人=4800万円
二次相続の場合 3000万円+600万円✕2人=4200万円
ですから、相続税が発生しないのは当然ですね。

 

どんな分け方をしても相続税は発生しない。
だからこそ考えてほしいのは、妻と子が法定相続分で分けていいか、です。

 

■資産家の相続と一緒にしないで!

正味の遺産額が5000万円の場合も状況は大して変わりません。
気に病むほどの相続税額ではなく、”節税”を意識して分け方を変える必要はありません。
以下、1000万円刻みに一次相続、二次相続の税額が分け方によってどのように変わるか、比較してみましょう。
(正味の遺産額1億円超も記しました。いずれも「小規模宅地の特例」は使わない計算結果です)

 

法定相続人は妻と2人の子。
分け方は、左側は一次相続も二次相続も法定相続分で分けた時の相続税額(二次相続の遺産額は当然、一次の時の半分になります)。
右側は、一次相続では妻が全財産を相続、二次相続では一次と同額を子が相続(妻は1円も使わない前提)した場合の相続税額。
右端は「(妻が全財産を相続)-(法定相続分で相続)」の一・二次相続の差額です。

■相続分による相続税額c

表を見れば一目瞭然。
税理士の主張が正しかったことがわかります。
2回の相続税額を合算すると、法定相続分で分けた方が「一次相続で妻が全財産を得た場合」より常に税額は少なくなります。
正味の遺産額が5億円ある相続では、1億円超の差が出ています。
「コメンなさい、私がバカでした」と謝るべきでしょうか。
いえ、私はやっぱり「一次相続は法定相続分で分けた方が得」と相手を見ずに節税効果のみを語るこの人を”節税バカ”と呼びたくなります。

 

金銭という数字ばかりを追って、人を見ていないからです。
遺産の額によって”節税効果”が持つ意味はまったく変わるのです!

 

■庶民が法定分で分ければ老後資金は枯渇

上の表に2本の青い線を引きました。
A 正味の遺産額4000万円以下、つまり相続税が発生しない家庭の相続
B 正味の遺産額1億円以下、分け方により節税効果が出てきて迷う層
C 富裕層、分け方による節税効果の差が顕著で「法定相続」を指向したくなる層

の3つに分けて考えたかったからです。

 

A層とB層では、一次相続においては「妻に全財産を相続させる」べきです。
理由は明快、子に遺産(特に現金・預貯金などの金融資産)を分けると妻の老後資金が足りなくなるからです。
数字的な裏付けについては以前、コチラに書きました。

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簡単におさらいすると、

サラリーマンだった夫の年金は月額22万円くらい。
夫が先だった場合、妻の年金額は約6割(月額13万円)に減額。
65歳以上の1人世帯の生活費は月額15万6000円。
月2万6000円の赤字。年額だと31万2000円。
10年で312万円、預金が消えていく!

 

この前提で[A層]について検討してみましょう。

[B家の例]
4000万円の遺産額のうち、3000万円が不動産。
法定相続分は「妻1/2、子1/4ずつ」。
どう分けても”法定通り”になりません。

 

そこでやむなく不動産を相続人間の「共有」にしましょう。
妻の持ち分1/2、子の持ち分1/4ずつ。
金融資産1000万円は分割できるので、妻500万円、子250万円ずつ。
(妻は現に3000万円相当の家に住んでいるのでこれを相続すると、子は「それなら金融資産は2人で分けるね」と言い出しかねません。もっとひどい場合は「500万円もらっても法定相続分は1000万円でまだ足りないから、お母さん、もう500万円ちょうだいよ」と催促するかもしれません)

 

こういう相続でお母さんは老後を安心して過ごせるでしょうか。
10年で312万円の貯金が消えていきます。
70歳のお母さんの平均余命は20年。
このままでは85歳の半ばでお母さんの預金は底をつきます。
子には老親の扶養義務があります。なけなしの父の預金を母から当然のように”奪った”2人の子たちは、以後お母さんに仕送りしてくれるのでしょうか。

 

■「老後」は極めてリスクの高い時期

B層でも話は同じなのです。
冒頭に紹介した[A家の例]。
法定相続分で分けてもお母さんには2000万円の預金が残ります。
年間31万2000円のショートが出ても2000万円あれば後64年間は大丈夫。
ですか⁈

 

老後は何が起きるか分かりません。
加齢により認知症が出てくるかもしれない。
元気でいても突然、脳梗塞が起きるかもしれない。
幸い一命をとりとめても、介護老人保健施設でリハビリが必要。
いくらかかるかご存知ですか?
自己負担額、私の父の場合は毎月20万円強です。

 

年間240万円。
病気をしていても寝たきりでも、介護保険料は死ぬまで払わなければならないし、税金もまけてはくれません。
2000万円あっても、何かあるとあっという間に消えていく、というのが老後の現実。
だからB層までの家庭では(この辺までがいわゆる「ふつうの家庭」でしょう)、配偶者に遺産の全部を相続してもらいたいのです。

 

■家産承継は「二次相続まで待て!」

つい最近まで「1次相続では全部お母さんに持ってもらう」というのは、ごく普通の発想でした。
今でも多くのふつうの家庭ではそのような”良識”を持っています。

 

こういう発想がガラガラ崩れ、「法定相続」「遺留分」などの権利意識が子の側に芽生え手が付けられなくなったのは、新自由主義経済がうたわれるようになった2000年代以降のことです。
格差社会が深刻化している昨今ですから、子の側に「もらえるものならもらいたい」という観念が生まれても致し方ないことだとは思います。

 

しかしあえて筋論を言わせてもらえば、こうした観念は「子には親を扶養する義務がある」(民法877条)という精神と真っ向対立しています。
ところが日本の母親の子に甘いことと言ったら・・・・・。
これほど口を酸っぱくして「あなたの老後の不安」を説いても、耳を貸す人はあまりに少ない。

 

「子」と言っても、40代、50代(時には60代)になった大人ですよ!
二次相続まで待つ、という気概はないんでしょうか。
親の遺産は不労所得、働かずして得られるタナボタ所得です。
不労所得に目の色を変える子のペースに合わせては、断じてなりません。

 

父親はしっかり「妻に全財産を相続させる」と遺言を書きましょう。
母親は毅然として「2人で築いた財産だから(一次相続の)今は、全部私が預かる」と宣言してください。
それが、日本の相続の”新常識”です!!!

 

【このテーマ、さんざん書いてきました】

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石川 秀樹

遺言、相続対策と家族信託の専門家です。特に最近は家族や事業を守るための民事信託への関心を強めています。遺言書や成年後見といった「民法」の法律体系の下では解決できない事案を、信託を使えば答えを導き出すことができるからです。
40年間、ジャーナリストでした。去る人、承継する人の想いがよりよくかみ合うようにお手伝いしていきます。

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1950年生。ジャーナリストです。相続対策家(行政書士)。小さな出版社の社長でもあります。何を書いてもユニーク。考え方がまともなだけなんですが。このブログは遺言相続、家族信託、それと老後のあれこれについてが中心。

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