★待合室にて、話がやまない老婦人の孤独

老人の孤独

 

90歳を間近に控えて、書家である父も近ごろはいろいろと問題が出てくるようになった。そこで月1回、市内の脳神経科に通う。付き添い兼運転手が私の役目だ。

 

その病院の待合室でのこと。
老婦人が薬を手渡しする看護師と話し始めた。
座っている父を挟んでその隣、いやでも聞こえてくる。

 

「頭のよくなる薬はないかしら?」
笑いながら、少し困ったような顔で言う。
「そんなに忘れちゃいますか?」
「それはもう、今の用事まで忘れてしまうから・・・・」

 

聴いていて『あるある』と心の中でうなずいた。
テレビを観ていてもタレントの名前など、出て来るものではない。
2階から1階に降りてきて「何の用事だっけ?」もよくある。
私にとっては話のネタのひとつだが、この人のはもっと深刻かもしれない。

 

「ぜ~んぶ、自分だから」

 

看護師が「お食事をご自分で作りますか? 買い物もご自分で?」と問い掛けたときの答がコレ。
「ぜ~んぶ、自分だから」
5分間ほどのおしゃべりの中で、何度この言葉を聞いただろう。
会話から「二世帯住宅」住まいらしいと知れた。
「息子(夫婦)が隣にいても、めったに戸は開かないわよ。人がいないと緊張感か薄れますね。だらしなくなってしまう」

 

老人問題は「孤独」なのだ。
あと3日で87歳になる、という。

 

友達がいなくなる。
「この頃は朝、声を掛かられないの。電話をしたっても、出ないでしょ。昔は3カ月に1回くらい、2泊じゃせわしないから3泊にしようと旅行に出掛けたけれど・・・・。今年は久しぶりに『箱根に行こう』ということになったの、でも箱根があんなことになっちゃって」

 

看護師は座っている婦人に合わせてしゃがみながらじっと聞く。
『よい病院だなぁ』と思った。
ふたりの表情を見たかったが、目線を合わせると話を中断させてしまいそうなので知らぬ顔を続けた。

 

婦人の気がかりは病気することにあるようだった。
「私ばかりが長生きしてしまって。時々(亡くなった)主人に『迎えに来てくれる?』っていうんだけど、なかなかねぇ。お父さんがいなくなって寂しいと思うときはあるわね。家が壊れるでしょ? 給湯器がダメになり、トイレもなんだか使えなくなってしまったり」
 家も歳をとるのである。

 

「ああ、私ばかりがしゃべっちゃって。ゴメンね」
老婦人は止まりかける会話を引き戻すように何度か「ゴメンね」を繰り返す。この日、何日ぶりかの人との会話だったのかもしれない。
薬を手渡ししてなお看護師さんは、聞き役になっている。
会計待ちのブザーが手元で鳴って、会話はお開きになった。

 

「ぜ~んぶ、自分だから」
と言いながら、ふたりのおしゃべりに辛さが感じられなかったのは、扉がふだんは閉じられているとはいえ、息子の存在を母は感じているからではないだろうか。肉親が近くにいるのは大きな安心感だ。
私など父が鬱陶しくてたまらず、顔を見ると不機嫌な顔を向けてしまうが、安心のつっかえ棒くらいにはなっているのかもしれない。

 

老人の問題は「孤独」である。
本当に老人を苦しめ不安にさせるのは貧しさだが、多くの人がたった1人になってしまう今の時代には、多少の蓄えがあっても憂うつにさせる“孤立”がある。

 

<ぜんぜん、向き合って来なかったな>
高齢者と呼ばれる歳になってから行政書士になった私は、まだそんなのどかな感想しか浮かんでこない。ふたりの話を聞きながら、なんだかもどかしいような気がずっとしていた。
自身これから老いていく者として“お仲間たち”に役立つ仕事ができるはずだ。

 

「大丈夫ですよ」と笑いかけられるだろうか。
話を聴ける人になろう・・・・。そう思った。

 

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ジャーナリスト石川秀樹相続指南処行政書士)>

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石川 秀樹

遺言、相続対策と家族信託の専門家です。特に最近は家族や事業を守るための民事信託への関心を強めています。遺言書や成年後見といった「民法」の法律体系の下では解決できない事案を、信託を使えば答えを導き出すことができるからです。
40年間、ジャーナリストでした。去る人、承継する人の想いがよりよくかみ合うようにお手伝いしていきます。

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俺丸200

石川秀樹

1950年生。ジャーナリストです。相続対策家(行政書士)。小さな出版社の社長でもあります。何を書いてもユニーク。考え方がまともなだけなんですが。このブログは遺言相続、家族信託、それと老後のあれこれについてが中心。

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