★成年後見より家族信託を使え! 認知症対策の切り札を解説

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★使ってはいけない「成年後見」。認知症対策の切り札にはならない

★使ってはいけない「成年後見」。認知症対策の切り札にはならない‼

2017.09.02
というブログで、成年後見制度に代わる「認知症対策」として「家族信託」を紹介したので、もう少し詳細に家族信託について説明しようと思います。

 

■成年後見制度で幸せになれますか⁈

認知症の影響は大げさに伝えられがちですが、認知症になっても大半の場合、(家族は多大な影響を受けるものの)何とかなってきました。
全員が成年後見人を必要とする、なんてことにはなりません。
認知症患者は予備軍を含めると現在800万人。
平成28年の成年後見人は16万人程度ですから成年後見制度の普及率は2%弱、後見を頼る家族の方が圧倒的に少数派。
とはいえ、「だからうちでも大丈夫」と言えるほど「認知症」は甘くない、というのも確かです。

 

冒頭のブログで指摘したように、▼預金が下せない▼保険金を受け取れない▼自宅不動産を売ることができない──などの理由で、実に3万人以上もの人が毎年、家庭裁判所に成年後見の申立をしてしまっているのです!
で、その人たち(本人や家族たち)は幸せになれたのでしょうか? 
幸せどころか、こんなはずではなかったと後悔している家族が大半、というのが私の答えです。

 

■成年後見と家族信託はこんなに違う‼

批判しっぱなしで代案もなしでは責任を果たせないので、私は「家族信託」を推しました。
成年後見制度家族信託契約も、真剣に説明しようとすると非常に長い文章になります。
きょうはサワリだけの解説にとどめますが、その前にこれだけはお読みください。

 

 

■本人と家族を救うのが「家族信託」

成年後見制度」と「家族信託契約」の違いを私なりに一覧表にしました。
2つの制度を解説する前にいきなり表を見せるのは乱暴ですが、どうしても最初に言っておきたいことがあったのです。
それは赤い文字で書いた「信託の目的」です。

<信託の目的:本人と家族のために最善のことを、現在から未来に向かって実現する

本人と家族のため」と「未来に向かって実現する」というのが、私は家族信託の本質だと思っています。
この点、成年後見制度では「本人の財産を守る」ことしか念頭にありません。
ですから「家族」は邪魔者、というより本人の財産をつけ狙う”悪の存在”のように扱われ、財産から遠ざけられます。

もちろん成年後見では「財産」以外に本人の「身上監護」も前面に出されてはいます。しかし本気とは受け取れないんですよ。家族がいるのに法が「身上監護」「監護」と言い出すと、本人の世話をしたいと思っている家族がいても、かえって現場から締め出されかねません。

 

それに対し家族信託では、「信託の目的」が委託者本人の財産を守ることだけ、にとどまることは滅多にありません。
後で詳しく説明しますが、信託には必ず「委託者・受託者」に加え「受益者」という存在が登場します。
財産を信託することによって利益を得る者が「受益者」ですが、「所有権」とは別個に「受益」という観念が創出されたことで信託のシナリオは多様になりました。
「受益者」は契約に書けば、「次の受益者」そのまた「次の受益者」というように変更し、つなげていくことができるので、委託者の当初の意思を世代を超えて継続させることさえできるのです。

 

■信託は「委託者=受益者」で始まる

いま、信託に登場する人物を3人紹介しました。
委託者・受託者・受益者ですが、家族信託は通常、「委託する人=得する人(受益者)」という形でスタートします。
これが家族信託のプロトタイプ(原型)です。登場人物は2人。

 

 

この形は分かりやすいですが、おもしろくも何ともないと思いませんか?
わざわざ契約書を交わさなくても───
「この家と財産をお前にあげるから私の面倒をみて」
というのは同居する親子や、夫婦間で普通に行われていること。
頼んだ人が亡くなったら、頼まれた人が残った財産をもらう。
相続か遺贈の形で財産を引き継ぐわけです。
特別でも何でもない……。

 

では、財産の持ち主が亡くなったとしてもこの契約は終わらないとしたら、どうでしょう⁈
ちょっと「特別」な感じがしませんか?
本人の死亡=即、相続が発生、ではなく、相続とは別の形で財産が継がれていくとしたら。
Aさんと娘の家族信託契約書にはこんなことも書かれています。

  1. 「私が生きている間はこの家は私のもの(私が住み続ける)」
  2. 「私が死んだら、この家には妻が住みなさい」
  3. 「妻が亡くなったら今度はお前が住み、好きにこの家を処分してよい」

    こういう条項があり、その通りになるとしたら、かなり「特別」でしょ?
    あるいは信託契約が続いている途中で、一定の条件が加わった場合には内容を変更できる、例えば

  4. 「私の認知症が進行し私を施設に入れる必要が出てきたときには、この家を売り、得られた資金で私をしかるべき施設に入所させよ」
    などの指示があるとしたら……。

    俄然、家族信託がおもしろくなってきませんか?

 

■家族の未来を想定するのが家族信託だ

 

臨機応変に財産を処分して受益者に安心をもたらす「家族信託」の例

 

❹をイメージしたのが上のイラストです。
「自分のためだけ」ではなく、「家族のことまで考え」近未来のことを思い描きながら臨機応変に自分の財産を処分させていく方法が、「家族信託」なのです。
それもだんだん歳をとり元気や判断力が衰えていく自分に代わって、若い世代にやってもらえるというのが家族信託のもう一つの”値打ち”です。

 

■民法の「代理権」ではできない”芸当”!

民法の下では、このような財産処分はできません。
父が認知症になった場合、「父親の家を売る」というのは、娘さんが父に代理して行うしかありません。
「代理」は「委任します」「受けます」という関係で成立しますから、お父さんに意思能力がなければ成り立ちません。
つまり、そもそもこの場合、娘は父を代理できないということになります。
前々から「私の様子がおかしくなったら……」と約束をしていたなら、そうなる前に(娘の代理が有効なうちに)売るべきでした。
父の認知症が交渉相手に知られれば、交渉は凍結となり家は売れずに残ることになります。
さて、お父さんが亡くなったら家はどうなるのでしょう。
民法の下では即、「相続発生」です。
家は父の遺言か、法定相続人全員による遺産分割協議によって誰かに引き継がれ、その人の財産になります。
次の人のものになってしまった以上、「私が死んだら妻、妻が死んだら娘に」などという先の先の約束は無効。
たとえ遺言書があったとしても、次の次の相続人は決められません。

  1. 委任者に意思能力がなければ「代理」は成立しない
  2. 代理権がなければ他人名義の財産は処分できない
  3. 次の次の所有者を決める遺言は無効

 

簡単にできそうな財産処分でしたが、民法の下では3つも「NO」が出て、お父さんの希望は何一つ実現しないのです。
ところが「家族信託」は楽々とそれをやってのけます。
どんな”魔法”があるのでしょう。

 

■所有権を2つに分けるという発想

魔法というより、「発想の転換」と言った方がよさそうです。
民法の発想はこうでした───
<所有権を持つ者がすべての権利を得る>
この考え方を所有権絶対の法則と言います。
「この土地、犬の通り抜けを禁ず」
土地の所有権を持つ者はすべての権利をもつので、通行権を制限して犬が土地に入り込むことを禁じることができます。
従って、あなたはこの土地を散歩することができません。
民法の「所有権」は、モノを所有することによって得られる利益は所有者のものと考えているわけです。

 

犬でわかりにくければ「みかん」で考えてみましょう。
実家から大きなみかん箱が宅急便で届きます。
「心身をリフレッシュして頑張って! 家族で食べてください」との母からメッセージが付いていました。
“私宛のこの箱”は誰のものでしょう。
もちろん受取書にハンを押した私のものです。
箱だけもらっても意味がないですね、ぎっしり詰まったみかんたちがわが家への贈り物です。

 

この単純な事実を、信託法はもう少し複雑に考えます。
<所有権とは何か?>
答えは「(所有しているという)名義を得る」ことと、「(所有するという行為によって)実際に何らかの利益を得ること」です。
わかりにくいのでイラストにしてみましょう。

 

「所有権」とは、「箱」と「ギッシリ詰まったミカンを得る」ことだった⁈

 

民法が考える「所有権」は、みかんが入ったみかん箱(緑の点線)です。
この場合、所有者は私(送ってくれた母のものではありません)。単純明快。

 

■「名義」と「受益権」という”発明”

信託法はもう少し複雑です。
まず、箱と中身ははじめから別物です。所有権を2つに分けて考えます。
箱は「所有者の名義」のあかし、中身は「所有することによって得られる利益=受益権」。
何度か説明した通りです。
それでは「箱」は誰のものでしょう。
宛先が書いてある私のものだ、というのは異論がないでしょう。
では「みかん=受益権」は?
こちらは少々ビミョーです。私のもの?
母はメッセージで「家族で食べてください」と書きました。
私を含め、家族みんなのもの、と考えた方がよさそうです。

 

宅急便で母から送られてきたみかん箱を「信託法」に沿って整理してみましょう。
委託者は母です。
委託した目的は、「このみかんを食べて家族仲良く頑張って」。
その役割を主に担ったのは私。受託者ということになります。
受益者は私を含めた家族全員。

 

■「信託の目的」が方向性を決める

受託者は通常、信託の目的の範囲内で、自由に財産(この場合は「みかん」)を処分してよいことになっています。自分で食べたり人にあげたり、売ったり、貸したりすることができます。目的の範囲内での自由ですから、母の希望を差し置いて自分だけみかんを食べるわけにはいきません。公平に処分しなければならない義務が受託者にはあります。
「信託の目的」が実は大きな存在で、信託の方向性を決定づけます。
この場合、受益者である家族はみかんを食べるだけ。
中には母にお礼の電話をする人もいるでしょうが、義務は何もなく、気楽なものです。

自益信託と他益信託 
今回は委託者が母で、受益者は私および私の家族ですから「委託者≠受益者」。
この場合の信託を「他益信託」といいます。
母からの贈り物が届いた、と表現した通り、私たちは母から贈与を受けたことになります。
一方、当初から例に出している「委託者=受益者」の信託は「自益信託」と言い、自分の財産で自分に利益をあげるわけですから「贈与」の観念は生まれません。だから通常の家族信託は、委託者が亡くなるまでは贈与税も何も発生しないというのが普通です。
(委託者が亡くなり次の受益者が出現すると相続税または贈与税が発生します) 

 

■「目的」の範囲で受託者は自由に動く

ここまでで「信託」の考え方はだいたいわかってもらえたと思いますが、ダメ押しの意味で、「自宅」を娘に信託したAさんの例で考えてみましょうか。
信託財産は「家」と「土地」です。
自宅を娘に信託しても、お父さんの生活は何も変わりませんでした。
この場合、所有権という”空箱”を娘に渡しても、もうひとつの権利、”家に住み続ける”という受益権はそのままですから、生活が変わるわけがありません。

 

変わるとしたら、お父さんの認知症が深刻になり受託者(娘)が父の居宅を売って、そのお金で父を施設に入れたとき。
“自宅に住み続ける”という受益権は消えたものの、家と土地はお金という新しい価値に代わり、その価値を使って”施設で暮らす”という新しい受益権を手に入れた、ということになります。この信託の目的は「お父さんが認知症になっても生きていける」ということですから、目的の範囲内で受託者は信託財産を自由に処分して、新しい受益権を受益者に得させることができるわけです。

 

■「名義」があるから自在に処分できる

信託法は、所有権を「名義」と「受益権」にわけるという新しい発想です。
1つだった所有権を2つに分けたおかげで、「名義」という空箱を得た受託者は(民法下の所有者と同様)「所有者」としての行為ができるようになりました。しかし当面、この”所有権”は空っぽです。所有権者としての一番うまみのある部分は「受益者」に行ってしまいますから。
しかも、信託されたことで得られた名義には(そのままだと他人から見て「完全なる所有権の移転」に見えてしまうので)「信託」という大きなハンコが打たれています。

 

もちろん大判のハンコは比喩ですから、実際にハンコが打たれているわけではありません。
ハンコの代わりに不動産の場合は、法務局の登記簿に「信託目録(契約の骨子)」が付けられます。
通帳など金融資産が信託財産となる場合は「受託者本人の通帳」ではなく、「委託者◎◎◎◎ 受託者△△△△」といった別名の通帳で管理されることになります。通帳の名義人だけど、本当の所有者ではないですよ、とダメ押しされるわけです。

 

しかも受託者は、委託者の財産を管理・運用・処分するという重い責任を負いながら、(家族信託の場合)無報酬であることが多いです。
つまり受託者は、自分が得することがなく責任だけを背負う存在です。
そんなわけで、税務的に見ると受託者には贈与税も、所得税も、不動産取得税もかかりません。
名義はあっても、実際にそこから利益を得ているわけではないので、当然です。
税金を払うのは、実際に得をする受益者です。
といっても家族信託の場合、当初の受益者はほとんどが委託者本人ですから、本人が本人に利益をもたらしても税金は掛からない、ということになります。
(相続税や贈与税が発生するのは、当初受益者から第2、第3の受益者に受益権が移る時です)

 

■家族信託の「主役」は受託者だ

こう書いてくると、受託者は「骨折り損のくたびれ儲け」に見えませんか?
確かに。そういう面がないわけではありません。
しかし受託者に任じられるのはたいてい、家族の中で一番頼りになる人です。
無報酬でも「信託」の要の存在です。当然、委託者の信任も厚い。
だから遠からず、受託者に受益権が回ってくることが多いのです。
Aさんと娘の家族信託契約、3枚目のイラストを見て下さい。

 

Aさんの居宅はAさん→妻→娘と引き継がれて、最後は換金して受託者に

 

AさんもAさんの妻も認知症になることなく天寿をまっとう、施設に入ることもなかったので家はそのまま残りました。
この契約では「信託財産」が残った場合、その財産を受け取る人を決めてありました。
「残余財産帰属権利者」というのですが、帰属権利者にはずっと家を管理してきた受託者(娘)を指名してあります。
家が残った場合の処分方法は帰属権利者の意思に任されていたので、娘は実家を売却しお金に換えました。
それがこのイラストです。

 

■綿密なシナリオで「意思」を固定化

信託は「契約書」で成り立っています。
家族信託の契約書は、難しい法律用語を外して普通の文章に書き直せば、「こういう目的のためにこれこれの財産を誰々に信託する。受託者は臨機応変に判断して信託財産を管理・運用・処分して受益者たちの利益を守り、信託の目的を果たしてほしい。もし信託財産が残った時には、それは〇〇〇〇のものとする」といった文章になるはずです。
契約書は、委託者の当初の意思を「信託の目的」として書くことによって、以後その信託の方向性を固めさせます。
大事なのは、契約以降に起こりそうなことを委託者と受託者とがよく相談して、用意怠りない”シナリオ“を書いておくことです。
とはいえ不測の事態は必ず起きます。
その時に受託者が立ち往生しなくて済むように、次善の策、第3の策を条項の中に盛り込んでおくわけです。
そうすれば、シナリオは淡々と進行していきます。

 

民法における遺言も一種のシナリオだと言えましょう。
私が死んだ後の「指示書」ですね。
遺言は遺言を書く人の単独行為なので、気が変わればいつでも書き換えることができます。
だから、強力な指示書ではあるものの、相続を受ける側からすると”不安定な(いつ変わるかわからない)約束”ということになります。

 

一方、家族信託は契約したその瞬間から効力を持つ約束であり、委託者が一方的に契約の文言を変えたりできません。
委託者の意思は固定し、以後、現在から未来に渡って(契約内容次第では)委託者の死後も一定期間効力を持つ約束事になります。
死後にしか効力を持たず、生前にどう書き換えても構わない「遺言」との大きな違いです。

 

■あなたの代わり、いますか?

簡単に書くつもりが、やはり長くなってしまいました。
家族信託」は今、かなり注目を集めています。
私も「成年後見」に変わる認知症対策として、「責任ある仕事や事業、プロジェクトを抱えている人は必ず民事信託(家族信託)の仕組みを知って、活用してください」とすすめています。

 

そのわけは、人間が完全無欠ではないからです。
それなのに人は(元気なうちは特に)万能感を持って生きていきます。
たぶん、誰でも。私自身も、あなたもきっとそうです。
でもこれだけは間違いのない真実です。
歳を取らない人なんてはいません。
血管1本の詰まりや破裂で、あすの運命がガラッと変わってしまうことはあるのです。

 

家族信託契約は「財産管理の一手法」にすぎません。
民法にできないことまでやってのける、と言っても、それができるのは「完全な所有権」ではなく、「受益権」という所有権と一時的に切り離された”別個の権利”を発明したおかげです。
でもこの発明によって、私の得意分野である「相続対策」ではやれることが大幅に広がりました。

 

活用しない手はありません。
しかし「家族信託」は魔法のような新手法で、なんでも問題を解決してくれるわけではありません。
先進的な”賢者たち”は民事信託を事業のM&Aに使ったり、事業そのものを信託財産として事業の継続を図るなど、民法や会社法を超える手法を次々編み出していますが、私は「家族信託はもっとシンプルでいい」と考えています。
あなたに代わって判断できる人を確保する、です。

 

■家族信託で”もうひとりのあなた”を創る!

主役のあなたが欠けたときでも家族関係や事業に激震が起きない態勢を創る、ということです。
家族信託は、“もうひとりのあなた”を生み出す手法であり、それで十分だ、と思うのです。

 

財産管理の一手法に過ぎない家族信託でなぜ「あなたに代わる人」を創れるのか、いろいろ説明してきました。
理屈っぽくて、”わかったような、わからないような”モヤモヤ感が残ったかもしれません。
でもひとことで言えば、「代理権」という民法の観念を持ち出さずに”あなたの代役”を創るための方法を見つけた、ということなんです。

 

皆さんあまり意識していませんが、商事信託では理屈抜きに”あなたの代役”を活用しています。
あなたよりもっと投資に嗅覚の鋭いプロを使って、あなたがやる以上に儲けを出させているでしょう⁈
投資信託がまさにそれです。
資産家なら投資顧問や信託銀行に資産を預けて(信託して)運用を任せているかもしれません。
委任状を書くことなく、財産を信託することで”代役”に仕事をやらせているわけです。

 

あなたは何でもでき、あなたがいる限りわが家(わが社)は安泰かもしれません。
でも将来のことを考えたら、あなたがいなくなったらもう打つ手なし、わが家は終わり、では困るではないですか。
だからあなたがしっかりしている今こそ、あなたならできることを他の誰かでもできるようにする態勢を創ることが、ゼッタイに必要です。

 

■モノに着目した家族信託の卓見

今までは、「代わりをつくる」と言えば民法でした。
「代理」という観念しか思いつかなかったんです。
ところが「信託」という新しいアプローチは「財産」というモノに着目しました。
民法では1つであった「所有権」という観念を「名義」と「受益権」に分けてしまったのです。
そして「名義」を独り歩きさせ、モノを元々の所有権者ではない”託された人”が処分できるという理屈を創り上げた。

 

これが信託です。
「あなたの意思能力」ではなく、「あなたの財産」というモノに着目して、モノを動かす(処分する)第2のあなた、”あなたの分身”がつくれるようになったのです。

 

■民法の限界を飛び越える家族信託

モノに着目した「信託」の発想は、民法の法制下ではできないとされていた『カベ』をいくつも壊しています。

  • 受益権を受け渡すことによって、次の次のそのまた次の世代に財産を贈る「跡継ぎ遺贈」が事実上、できるようになりました。
  • 遺言を書けない知的障がいの子に財産を遺し、子の死亡後はその財産を他の親族に贈る
  • ひきこもりの子に、私の死亡後も定期的に生活費を給付する
  • 相続でこじれると次々共有財産化してしまう不動産を一括管理して、混乱を収拾する
  • 収益不動産の所有権を名義と受益権を分けて、複数の子に平等に相続させる
  • 遺言では見届けられないので、生前に財産分与割合を決め、それを確定させる
  • 発言権を残したまま自社株式を後継者候補の長男に託す
  • 私が認知症になった時に備えて、信頼する部下(複数)に自社株を託し、後継者決定権を委ねる

 

これらの手法は「あなたの代わりを創る」と私が述べたこと以上の新工夫です。
家族信託は「民法のカベ」を破る手法としても注目されているわけです。
もちろんそれは非常に価値のある「前進」だと思いますが、私は当面、認知症対策としての家族信託の普及に全力投球したいと思っています。

 

■まず家族にできる対策を真剣に!

成年後見制度は、悪意ある家族に囲まれていたり、独り身の人たち、周囲との接触を拒む高齢者などには欠かせない救済制度になり得るでしょう。しかしふつうの家族が使うには”問題がありすぎる制度”です。
信頼すべき家族を敵のようにみなし、相談相手は家庭裁判所だけという成年後見制度の偏狭な運用は、普通の人の力を信じている私にはとうてい容認できません。

 

しかし本人の認知症が深刻化してしまうと、もはや任意後見契約も家族信託契約も通用しません。
成年後見制度を使うしか(本人や家族の)難局を乗り切る方法はない、というところまで追い込まれる前に、家族にできる対策を研究してください。
認知症の家族を抱えても、98%までは成年後見に頼ることなく、なんとかやってきているのです。
そこには事前になんらかの工夫があるはずです。

 

多くの人が「本人の預貯金を(本人の身上監護のために)使いたいのに、それができないこと」で追い詰められています。
▼通帳があるならカードをつくること、▼解約が難しい定期預金は普通預金に換えておく、▼将来お世話になりそうな施設があるならその施設の取引先金融機関を聞いて、あらかじめ普通口座を作っておく(施設が指定した金融機関に本人の口座がないと、預貯金は他にあるのに支払いに使えない、ということになります)──もっと深刻な「成年後見を使わなければならない理由」はもちろんあるでしょう。しかしこと預貯金についてなら、こういう”先回り”をしておけば、成年後見を使わなくてもやっていけるのです。

 

今日、これほど認知症による深刻な影響がいわれているのに、本人も家族も無頓着であるいうのは、油断に過ぎます。
親や自分に、少しでも”兆候”を感じたら、まず認知症対策を勉強しましょう。
もっとも、皆さんが頼りにしがちな行政機関や地域包括センター等は、私が今ここで書いているようなことは言わないでしょう。
成年後見制度について、深い知識を持っていないのです。
彼ら自身が「認知症の解決策は成年後見制度」と刷り込まれており、制度自体をうのみに信じているから、制度を使った結果ふつうの家族がどういう思いを抱えることになるのかを想像することができないのです。

このブログを広げてください!
と書くと、私のPRみたいになっちゃいますね。
しかし、▼本人の通帳が使えない、▼死亡保険金を受け取れない──等の理由で成年後見制度に絡めとられてしまうなんて、正義じゃない、と本気で思うんです。この辺が解決すれば、ふつうの多くの家庭がこの半チクな制度を使わずに、家族のサポートだけで苦しく険しい人生晩年を乗り切ることができると信じています。

 

■家族信託は”転ばぬ先の杖”

こう書くとおこる方もいると思いますが、世の中いまほどギクシャクしていなかった時代には、家族に認知症の人がいても「まぁ、なんとかなった」「なることが多かった」そんな時代の方が生きやすかったのかなぁ、と思います。
しかし現在は、何事にもコンプライアンス(法令順守)が言われます。
すると「なあなあ」というのは通じにくくなる。
本人に意思能力がなければ契約なんか結べないよ、といわれれば、「おっしゃる通り」といわざるを得ません。

 

そうなると、いずれ契約案件を抱える人、家を売って施設に入りたい、収益不動産を持っている、会社や店を経営しているという人はことごとく成年後見や家族信託を頼む”予備軍”となる、といわざるを得ません。
例えば例に出したAさんのケース。
結果から言えば、Aさんも妻も認知症にならず家を売ることもなかったわけですから、何もしないで普通の相続をした場合と同じでした。
信託契約にお金をかける必要はなかった、ということになります。

 

だから現実問題として、将来の認知症に備えて「居宅を売って施設に入ろう」、そのためには今のうちに家を身内のひとりに託して後はやってもらおう──などという人はごく少数はです。
とはいえ私はこれと同様のケースをすでに何件か引き受けています。
それだけ認知症の影響、その打開策としての成年後見、でもそれには限界も不都合も多々あること、だから代わりに家族信託に期待する人が出てきているということなのでしょう。

 

繰り返して書きますが、認知症だからといってすべての人に成年後見人が必要なわけではありません。
でも、独り身の人や悪い家族に囲まれ財産を食いつぶされている人など、どうしても成年後見制度が必要になる人もいます。
こういう人たちのニーズを喚起し、一方で金銭の管理絡みで後見制度を使う人の比率を下げていけば、現在の後見制度の普及率(必要な人の2%程度の普及といわれます)で十分だと私は思います。

 

■危機察知能力を発揮しよう!

それよりも注視すべきは「予防の対策」があるということです。
認知症が深刻化すれば後見制度しか道はありません。これは事実。
しかし「認知症を心配している段階」なら、先にあげた金銭関係の予防策を講じ、なおその上にもう少し高次元の対策が必要という場合には「家族信託」という方法があります。

 

日本の場合、漠然とした不安はほとんど放置されます。
国自体が「安全」だったこの70年間で、国民の危機察知能力は最低レベルまで落ちています。
同じように、高齢社会の問題、認知症だけではありません、歳を取ればなにも脳機能に問題ない人でも判断能力も気力も落ちてきます、そして高齢に伴う病気の数々、脳梗塞や心臓からの病気・・・・最後まで意識が清明で自己判断ができる人は極めてまれになるのです。

 

そういう事態が明瞭に予期されているのに、無防備すぎます。
家族信託は転ばぬ先の杖、自分の代わる判断者を若い世代に創り出す方法です。
▼資産をたくさん持っている人、▼会社を経営している人(自社株=経営権)、▼収益不動産が資産の大半である人、▼大きなプロジェクトを抱えている人、▼家族の中に保護しなければならない人がいる人、▼生きているうちに資産の振り分けを決め近未来への道筋をつけておきたい人、▼複雑な相続関係が予想される人、▼その他長期的な視点で考え解決しなければならない問題を抱えている人──は、周到な対策が必須です。
その場合には、家族信託は大きなよりどころになるでしょう。

 

私が提案する高齢問題の処方せんは、成年後見ではなく、家族信託です

 

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ジャーナリスト石川秀樹相続指南処行政書士

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