★年寄りだから君じゃ、ダメ! 久々、ガックリしました

「年寄りだから君はダメ!
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先日、こんな記事を書きました。

★午後4時からの生き方ノート、”ポスト60歳”夜への風景も味がある!

「午後4時」は微妙な時刻(とき)で、季節によって昼にもなれば夜になる。
<ちょと俺の歳に似ているなぁ>とも思ったのでした。

 

1日24時間を”100年時計”に当てはめると、午後4時は「66歳」。
今の私の歳とピッタリ重なる。
そんな発見が愉快で1本、ブログを書いてみたりしたのですが・・・・。
私の気分はまだ真っ昼間、午後3時のギラギラ太陽からいくらもたっていなかった。

 

ところが昨日、ガッツーンとやられました。
信頼してこの5年間、教えを乞うてきた師匠に言われたのです。
「どんなにあなたの相続対策が素晴らしいものであっても、資産家はあなたに『対策してくれ』とは頼みませんよ、ゼッタイに!!」
せっかく自分なりに『よいプレゼンができた』と思っていたのに、意外な反応でした。

 

私に相続対策を頼まない理由────
「どっちが先に亡くなるか分からないような高齢者には、頼めないんですよ」
言われてみればそうでした。
66歳は、立派な「高齢者」です。

 

こんな仕事をしているのに、自分を「高齢者」の側に置いて考えたこと、ただの1度もなかった。
不思議なほど、うかつでした。
『へぇー、この人もそういう風に見ていたんだ・・・・』
そのときは、かなりビックリしながらも、それほどダメージは受けなかったんですがね。

 

家に帰って夜中を迎えるころ、意識的に保留していた空しい思いが沸きたってきた。
『そんなこと言われたら、全否定だよな・・・・』
61歳で行政書士試験に受かり、士業を始め、始めのうちは出版業と掛け持ちで熱意なく過ごしたものの、
この2年間はこの仕事のおもしろさに目覚め、懸命に勉強し、お客様の相談に耳を澄まし、人後に落ちぬ相続対策にと神経を張り詰めてきたんです。

 

めったに人の言葉に反応しませんが、言われた人が人だっただけに、ガックリきました。
人はそう見るんだ・・・・。
(歳で判断され)何も言わずに切り捨てられるんだな。
ひるがえって、自分がそうでなかったかと言うと、同じだったかも。
自分だけ、若いような気でいました。

 

富裕層はそうなんだね。
高いカネを出しても、信託銀行の対策をありがたがるんだ。
向こうは組織が安定して、突然なくなるなんてこと、ないもんな。

 

相続で大切なことはそんなことじゃない、断じて!
と言いたいことは山ほどあったけれど(本質はそこではない、本当はね)、言う気になれなかった。
アッほらしくて、脱力してしまった。
やっぱこの歳になって、全否定に遭うと、艱難辛苦なんか慣れっこなはずなのに、やる気をなくしますね(ほんの一瞬ではありましたが)。

 

そのまましばらく脱力していました。ぼんやりと・・・・・。
<圧倒的な業績を残す、か。俺には無理だな>と思いました。
(人生における、いや人生終盤における)成功は求めていても、たくさん儲けたいわけではない。
今自分を突き動かしている感情は、ビジネスにおける成功というより、一種の”義憤”です。

 

人はなぜ、つまらない、間違った、危険な相続対策をしてしまうのだろう。
あおられて、おどかされて、事実を確かめもせず、大切な大切なお金を合理のカケラもない”対策まがい”につぎ込んでしまう。
一方では、自分亡き後に遺される子や大切な人に何をどうしてあげたらいいのか分からずに困っている人もいるのに・・・・。
<そういう人たちに俺の声がなぜ届かないんだ>という怒り、というより焦りですね。

 

「資産家云々」なんて関係ない!
そういう人は私が口を出したいお客様ではない。
思いを込めてどうしても、何としてでも知恵を絞り出し、アイデアを説き、「お手伝いさせてください」とお願いしたくなるお客様ではないんです。
私なんかが近寄らなくても、取り巻きが大勢いる人には用がない。

 

私が頭を下げてお手伝いさせていただきたいのは、懸命に努力し、脳みそに汗をかくほど考えて、考え抜いて道を開き地位を獲得して、ようよう相続税を払えるくらいの資産を得られるようになった人。
あるいはまた、自分の亡き後、大切な人のために何か手を打っておきたいと考える人・・・・。
なんだかお客様を選ぶような言い方になっていますが、お許しください。

 

「相続」の対策は、もめないためでも、節税のためでも、納税資金確保や事業承継のためであっても、依頼する人と相談を受ける者とが信頼しあって話を詰めなければ、ゼッタイにうまくはいきません。
「信頼」は、その大もとに共感がなければ生まれないと思うんです。
最後は人柄なのではないかなぁ。
こちらの人格、人間力を認めていただけるかどうか。

 

「年寄りだから・・・・客になれない」と、そこに信頼の価値尺度を当てて人を測るごう慢な人とは、私はやはり共感できそうもない。
だって、人は死ぬんですよ。
私も死ぬし、依頼者だって死ぬ。
それを前提に、その先のことについて(お互い非力だし、思い通りにはいかないだろうけれど、それでも)自分より後に遺る人たちのために想いをこらして何かをしようとするわけですよ。

 

そこにはすべてが詰まっている。
自分が生きて働き成し遂げたこともあるし、
そのため思うように家族と向き合えなかった悔いもあるかもしれない、
それでも一緒に生きてきてくれたことへの感謝もある、
そして<私を失っても最後まで幸せに生きてほしい>という願いもある。
お金をその時まで(相続が発生するまで)安全に管理し処分(相続や遺贈させる)できれば事成れり、というおカネのにおいだけがする相続には絶対にしたくない。

 

私は、そういう想いで相続対策というこの仕事をしています。
私の経験値、偏りはあるけれども一所懸命な人間力、
そういうものを認めてくれる人たちと、正面から向かい合って仕事をしていきたいと思っています。

 

相続対策の総合プロデューサー 石川秀樹ジャーナリスト行政書士)>

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ABOUTこの記事をかいた人

遺言、相続対策と家族信託の専門家です。特に最近は家族や事業を守るための民事信託への関心を強めています。遺言書や成年後見といった「民法」の法律体系の下では解決できない事案を、信託を使えば答えを導き出すことができるからです。 40年間、ジャーナリストでした。去る人、承継する人の想いがよりよくかみ合うようにお手伝いしていきます。