こんなケースでも「家族信託」が効果的なの? という事例───
半年ほど前、ブログの読者からこういう質問をいただいたことがある。
◇
年内の余命といわれる母の元に姉がやってきて、わずかな期間だけ介護まがいのことをして母の通帳を狙っています。通帳は私が管理して問題なくやってきました。母は病気で気力が衰えているようで、根負けして私に「(姉に)渡してあげて」と言います。渡した結果、姉に全部預貯金を取られたら私の法定相続分はどうなりますか? 通帳を渡す前にしておくべき事がありますか?
記事の目次
■「贈与ではない」の意思を母に確認
この質問に正確に回答できるのは弁護士だけだと思う。
一方的な妹側からの言い分であり、ジャーナリストとしてもうかつには回答できない。
さはさりながら、この質問、興味深い。
典型的なきょうだい喧嘩であり、よく起きがちな争族事前紛争だ。
私が考えれば多くの皆さんの参考になりそうだ。
そこで独りよがりながら「私なりの感想」を書いてみることにした。
第一に思ったのは、姉の意図が分かっているなら、妹は母親に通帳と印鑑を返すべきではないということ。
私なら母親に、「お母さん、姉キに通帳を渡したら全部取られちゃうよ」と懸命に説得するだろう。
しかしこのケース、母親が甘いので「渡してあげて」と言ってしまった。
お年寄りの場合、こういうことはよくある。
リア王ではないが、すり寄ってくる者に迎合したくなる。
半ばおどされるように渋々、本位でない遺言を書いたり、なんてことさえ少なくはない。
そうと分かっているのに、この人はどうするべきだろうか。
やっぱり、最終的には姉に渡すしかない………。
そうだとすれば私は、愚かな母親に次のことだけは確認するだろう。
- 預貯金通帳を姉に託すのは、その全額を姉に贈与する意思によるものではないということ。
- 通帳を渡す理由は、日常使う費用の引出し代理人を姉に委任するだけのこと。
母の意思が①②の通りなら、後々の証拠のためこれを文書にして母の署名押印をもらっておくだろう。
病気の母親にはまことに負担ながら、お願いする。
どうしてもそれが無理なら、やりとりを録音しておく。
■母の「委任状」が重要だ
通帳と印鑑を預かっても姉は、母親の「委任状」がなければ何もできないはずだ。
まったくこの姉はなんという親不孝者だろう。
今まで問題なく母の代理を務め預貯金を適正に管理していた妹を締め出そうとするなんて。
妹の労に感謝すればいいものを、欲に駆られて通帳を欲しがるから病気の母親にしわ寄せがいく。
余命いくばくもない人にまた委任状を書かせなければならないとは。
しかし委任状は大事だ。
うっかり姉と母に任せていたら「通帳からの引き出しや振込みを、全権委任するような内容」になりかねない。
それは泥棒に金庫を持たせてやるようなものだ。
ここはやはり文言にまで介入せざるを得ない。
書いてもらうならこういう文面だ。
委 任 状
○○銀行 様
代理人住所 静岡市葵区●●1丁目1-1
代理人氏名 ○○ △△
代理人連絡先 自宅 123-456-7890 携帯 090-123-4567
私は上記の者を、貴行における私名義の預金払戻し(ただし払戻しの目的は日常の費用に使うためであり1回20万円以下、月に1回、または2回に限る)の代理人と定め、申請手続きについての権限を委任します。
平成29年11月23日
委任者の住所 静岡市葵区■■2丁目345
委任者 太平 洋子 印
■「紛争あり」を銀行に伝える
母が委任状を書いたら、必ずコピーを取っておくこと。
それを先回りして銀行等に行って示しておくのだ。
わけあって姉がこれから母の通帳を管理することになった。
しかしそれは私の本意ではない。
姉は委任状を書き換え、預金を自分のものにしようとする可能性があるので、母の本意はこのように限定した委任であることを伝えておく。
「この委任状と異なる委任状を姉が持ってきたときには偽造なので、払い出しに応じないでもらいたい」と念を押す。
金融機関が私の言葉に恐れ入るとは思わないが、相続において家庭内紛争に極端にナーバスな金融機関に「警戒心を植え付ける効果」は大いにある。きっと取り扱いに慎重になるだろう。
<一歩対応を誤れば係争に巻き込まれること必至>、と思ってくれたら正解だ。
■母に「贈与」の意思があるとやっかい
しかしこのケース、万が一にも母親に贈与の意思があった場合はやっかいだ。
(姉が詐術を使っているのでない限り)贈与は有効に成立してしまいそう。
これには理論武装が必要だ。
母の余命は幾ばくもない。死亡直前の大金の贈与。
税務的にはこの贈与、当然に相続財産に持ち戻されるが、贈与自体は……やはり「有効」だろう。
だとすると検討に値するのは「特別受益」だろうか。
贈与によって得る姉の受益は大きそうだ。
妹の法定相続分を侵害するほど大きな場合は……、特別受益が認定される可能性高いのでは?
姉の得た受益は「遺産の先渡し」。
妹の法定相続分を超えている部分は、「代償金」を支払わせることができるのではないか。
しかし実際には、「特別受益」にあたるかどうかは遺産分割協議で決めるしかない。
すご腕の弁護士さんにお願いするしかないということになりそうだ。
■ガードが固い日本の銀行
贈与が成り立ってしまうという最悪事態を考えたが、実際には妹の杞憂で終わる可能性も高いのではないか。
つまり、姉が預貯金通帳を持って行くだけでは「移転」は起こりにくいと思うのだ。
通帳のカードを渡し暗証番号まで教えていれば金銭の移動は自由自在。
これを制するのは税務調査でせいぜい「お母さんからの贈与になりますよね」とお灸を据えるくらい。
「母親の判断能力低下をいいことに母の財産を盗んだ」と立証することまでは難しそうだ。
しかし今回は通帳と印鑑だけだ。
委任状さえ押さえ銀行をけん制しておけば、姉の好き勝手にはできまい。
また母が亡くなり相続となった場合でも、通帳が姉の管理下にあるだけでこっちが不利になることもない。
もっと言えば銀行というものは、相続人全員の押印がある場合でさえ、あるいは公正証書遺言で明確に分割先を指定してあるときでも、相続人間に争いがあるとわかると払出しを拒否することもしばしば。
そういう慎重居士の日本の金融機関だとある程度、安心できる。
■争っても法定相続分で決する
結局この売られたけんか、姉妹の遺産分割協議がヤマ場になる。
姉が欲張りだからもちろんこじれるだろう。
この際、”戦争”は仕方ないと覚悟を決めるしかない。
こっちにはやましいことは一つもないのだ。
法にのっとり淡々と法定相続分確保を主張するのみ。
調停だろうが審判だろうが裁判であろうが、一歩も引く必要はないし、主張通りの「法定相続分」で決着する可能性が大きいだろう。
相続紛争を判断する者にとって根拠となるのは民法第900条の「法定相続分」しかないのだから、そこに収れんしていくのは当然だ。
しかし世の中には、親の遺した財産をめぐって裁判まで行ってしまうケースが少なくない。
延々と争っても結果は同じ、法定相続分での決着と知れている。
今回のケース、相談の主である妹さんに伝えるべきは
「お姉ちゃん、ズルしてお母さんの財産を横取りしようとしても無駄だよ。それよりお母さんに最後によい時間を過ごしてもらってお見送りしよう。お母さんが死んだら、のこしてくれたものをふたりで公平に分けよう」
と、冷静な対応をうながすのがよい、ということだ。
■親のお金で我を忘れるなかれ!
お金のことになると、みんな我を忘れてしまう。
しかし元はと言えば、親のお金ではないか。
子は何も貢献していない。不労所得である。
ひたいに汗して稼いだお金ではなく、(法定相続人・法定相続分という法のワクの中で)何もしないでタナボタで受け取る財産ではないか。
感情をあらわにするなよ。
ましてや親の病身に付け込んで預貯金を不当にせしめようというなら、そういう者は、もう人として終わっている。論外だ。
介護もしていない姉に母の財産の半分を持っていかれるのは妹としては心外だろう。
少なくとも姉よりは介護や財産管理という面で”対価”を払っているから。
しかし今度、それを言い立てても、「法定相続分での決着」は変わらない。
あなたなら我慢ができるのではないか。
■財産管理者は必ず非難される⁈
このようなケース、実に多い。
体力や気力の衰えた親から通帳の管理を頼まれた親族が、他の親族から疑いの目で見られてつらい思いをする。
あるいは親と同居し、ただでさえ気苦労が絶えないお嫁さんが、(介護費用で出金していても)他の親族から「同居していることをいいことに、親の金を勝手に使っている」と非難されてしまう。
実に割が合わない。
いい加減にせよ!と言いたくなる。
私は両親と40年間も同居し妻に苦労を強いてきたから、以上のような話は理不尽と感じるし、多大な労苦を果たしてきた人に対するその言い草は「不正義だ」と感じる者だ。
その前提で今日の話の私なりの結論を書く。
介護する者としない者、親と同居している者と別世帯を構えている者、地方に住んでいる者と都会暮らしの者、親の財産管理をしている者としていない者──要するに生きている環境が違う者はきょうだいであろうとなかろうと、ゼッタイ的に相いれない。
そこにお金が絡めばなおさらだ。
無欲な者はいない。
権利があると思えば、その分はほしくなる。
それが人間だ。
そんなことはわかりきっていることなのに、何の手も打とうとしないのは不用意すぎる。
高齢の親にそれを求めても、99%、親は気が回らないだろう。
「うちはみんな仲が良い」と、幻のようなことを想っているだけだから。
親頼みでなく、いらぬ”火の粉”を避けたいなら、あなたが行動するのだ!!
■それが嫌なら「家族信託」だ
親の通帳を預かるあなたは、長男だろうがお嫁さんだろうが、かわいがられている末っ娘だろうが、相続が始まれば(他に兄弟姉妹がいる限り)十中八九は嫌な思いをさせられるだろう。
それを避けたいなら事前に対策しておくべきだ。
「対策」とは何か。それは「家族信託」だ。
親に認知症の傾向が感じられる場合は、さらに「任意後見契約」を結ぶことも有益な対策となる。
どちらも財産管理の手法の一つ。
家族間であっても契約を交わすことで家族にありがちの”なあなあの金銭管理”から卒業できる。
特に家族信託の場合は、単に通帳の引き出しを請け負うような消極的な財産管理から脱し、あらかじめ「信託の目的」を決めておけば、親の希望や家族の幸せまでを追求することができる。
さらには家族信託は「遺言」に代えて親の財産の承継法や承継先まで指定できる、というすぐれものだ。
今回の妹さんのように、よかれと思ってやってきた人が欲深で心の狭い親族にこみやられ、つらい思いをするなどという「理不尽」は許せない。
しかし私が息巻いても何もならないので、同様の思いをしているであろう多くの「善意の財産管理者たち」よ、嘆いたり怒ったり、悔しさをかみしめる前に、賢く先手を打って自分の立ち位置を確立してほしい!
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静岡県家族信託協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
■■ 遺言相続・家族信託.net ■■