★『らくらく遺言』が語るもの、生きて在ったことへの「ありがとう」!

らくらく遺言で思い伝える
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8月5日に発売した『らくらく遺言』の近況をお伝えしたい。
また最近、この本の趣旨についてあらためて気づいたことがある。
“著者の思い”ということだが、それについても後半、触れることにする。

 

■静岡県で限定販売、手ごたえ感じる売れ行き

出足はまずまず好調だ。
とは言っても地方の小出版社が出した本だ、
100冊も200冊も平積みされて「これでもか」と売り込む
ベストセラー作家やタレント本の売れ行きに比べるべくもない。
ポツリポツリと売れている事実が手ごたえを感じさせてくれる。

 

らくらく遺言』は静岡県内の書店にのみ流通している。
全国に流通させても通用する本だ、という確信はある。
しかし残念ながらミーツ出版は『売る力』がまだ弱い。
全国の書店に営業に歩く陣容もないし、広告にも腰が引ける。
ファクスで書店から注文を取る通常の方法では成果が限られる。
<それならば自分が歩ける静岡県内で勝負しよう>

らくらく遺言イラスト

遺言を書く人、受け取る人。そこに託されているのは単なる財産目録や譲渡証ではない。先人の思いを受け継いでこそ、きずなが世代を超えていく<イラストは剣持暁穂さん>

 

そんなわけで今回は県内の書店さんのみに委託配本した。
取次店は地元の静岡教科書(株)にお願いした。
さすがに配本網はきめ細かく80余の本屋さんに及ぶ。
それでも、配れた数は400冊である。
嗤(わら)うなかれ、東京とは違う、静岡県だ。
それに書店の事情もある。
ヒットが約束された本を除けば「初回配本、多数」は嫌われる。
だから各店には多くて10、平均3~5冊が精いっぱいだった。

※「Amazon」でも販売しています。

それでも先日はうれしいことがあった。
静岡市のセノバ5階、「丸善&ジュンク堂」に寄ったところ、

7冊配本したうちの5冊が売れ、残り2冊になっていた!
面出し(表紙を見せる陳列法)してくれれば売れるのだ。
俄然、勇気がわいてきた。


■自筆遺言の普及にかける2人の行政書士

2015年1月から相続税法が変わり庶民に厳しくなる。
そのためか書店には相続関連本が並んでいる。
このタイミングで『らくらく遺言』をリリースしたのは
時流に便乗したいという思惑からではない(そんな余裕はがない)。

 

単純に、佐々木悠次さんという著者と出会ったからである。
佐々木さんは行政書士、そして私も60歳で行政書士になった。
“大先輩”は「静岡県遺言書協会」を作り自筆遺言の普及にかけている。

 

なぜ自筆遺言か?
公正証書遺言は年間10万件、対して「自筆」は1.5万件。
ただでもできる自筆遺言が10万円は掛かる公正証書に負けている。
その理由は、個人は「どう書けば通用するか」自信がないからだ。

 

遺言を書くことは民法で認められた国民の権利である。
法律が真っ先に念頭に置いたのは「自筆遺言」だ。
だからその要件はきわめて緩い。
法律家のバックアップがなければ無効、なぞと一言も書いてない。

 

だがそれゆえに、自筆遺言は法律家にとっては利が薄い。
おカネの請求しようがないのだ。
だから、法律が在るには在るが放置、それが現実である。
佐々木さんの在野精神がピクリと動く。
そんな時に私と出会った。

 

「本にしましょう、自筆遺言の書き方」
電本(電子書籍)ならすぐにもできると誘った。
佐々木さんは遺言書協会づくりにも動く(6月に無事設立)。
原稿を書くうちに読んでもらいたい欲がどんどん出てくる。
「相手は高齢者、電本で読まれるかな?」
当然の疑問だ。

「やはり紙に印刷したいですね」
結局、両方つくることにした。

 

■「遺言を思い切り身近に!」

原稿は順調に仕上がった。
この本を刊行した目的は「遺言を思い切り身近にする」だ。
公正証書遺言が遺言の標準のように錯覚される今日、
どの本を見ても遺言に厳密な書き方を要求している。
公式文書に照らし正確でなければならないというわけだ。
だからことさら登記所に行って土地家屋台帳を調べたりする。
法律家が陥りがちな錯覚だ。

 

「遺言は判ればいい」というのが著者佐々木氏の大発見である。
所有する家が1軒しかないなら「私の家と土地を――」で十分。
民法は国民を困らせるために正確さを求めたりしない。
遺言者の意思が判然としていればそれを認めようという姿勢。
そこを的確に見抜いた著者のクリーンヒットである。

 

<このことを多くの人に知らせたい!>
佐々木さんと私は夢中になった。
「こんな簡単でいいのか、と反論が起こり大議論になるよ」
「もっけの幸いではないですか」

そうなれば自筆遺言が多くの人の関心を得る。

 

さらに「遺言は家族のいさかいを止める力がある」、
行政書士になって日が浅い私は一途にそうも思った。
だから”よき実用書”としてこの本を売り込みたい、と。
だが著者はもっと先を行っていた。

 

■遺言は残される人への思いやり

そのことに気がついたのは、校正のため何度も何度も読み返してからだ。
『ただの実用書じゃない、佐々木さんは”思いやりだ”と言っている』

 

遺言がなければ財産は遺産分割協議によって分けられることになる。
相続人の全員一致を絶対の条件とする”交渉の場”だ。
目の前に財産目録があるから、人は目の色を変え権利を主張する。
欲と面子と故人からの愛情の多寡をめぐって争いが始まる。

 

だから遺言は「”争族”とならないように先手を打つ」のだ、
と私は額面通りに受け取り、そんなものだと思っていた。
しかし佐々木さんはもっと先を見ていた。

 

遺言を書くとき人は自分を振り返り、かつ家族たちのことを思う。
自分の死後を生きていく人たち、だから相続人たちのことを真剣に思う。
各相続人の来し方を見、抱えている問題を感じ取る。
さて、この財産をどう引き継がせれば本人のためになるのか?
気づき、考え抜いて手を打つ、それが遺言の本旨ではないか。

 

ともすれば私のように我が強く強欲な者は、
遺言を最強の”権力”と見てほしいままに決めようとするかもしれない。
相続人が気に入らなければ、全財産を他人や団体に投じてもいい。
そんな意地悪や、意趣返しの感情も混じりそうだ。

 

しかし『らくらく遺言』の行間まで読みこんでからというもの、
そんなばかげた想念は吹き飛んでしまった。

 

■単に金銭譲渡でなく、思いを伝えるなら直筆遺言だ

自分は永久に生きるわけではない。
それなら、縁あって一緒に生きてきた者たちの幸せを望むのみ。
何をどう遺してやればこの人のためになるのか。
そう、<究極の思いやり>だ。
著者が伝えたかったのはこれだったのではないか。

 

こうした思いを伝えるには、直筆遺言が向いている。
遺言はただの財産譲渡証ではないし、遺産仕訳帳とも違う。
単に金銭の話なら、
証人2人を置いて口述を筆記する公正証書遺言がお似合いかもしれない。
でも相手の行く末を思うならやはり自分の言葉で語る遺言だ。
遺言と言えば誰しも、財産譲渡としか考えない。
それは事実ではあるけれど、引き継ぐなら同時に
生きてこの世を去っていく先人の思いにも心を砕くべきだ。
遺言を書く側も、遺される者も忘れてはならない視点だと思う。

 

<遺言は愛する人たちに遺す最期の手紙>

 

だから受け取る側は、遺言者が
生きて在ったことを深く理解しなければならない。
それを理解すれば、いさかいなど起きないだろう。

 

自筆の遺言から聞こえてくるのは、ただただ「ありがとう」。
おこがましいことを言えば、それが著者と私の願いである。

※初出 2014/8/26

 

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行政書士石川秀樹

 

 

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