遺言の力って、なんだと思いますか?
遺言書は思い思いに書かれ、狙いは人それぞれですが、遺言書はただ一つのことをします。
「相続の枠組みを崩す」ということです。
「法定相続分」という民法が決めた枠組みを無視して、遺言者本位の”わがままな枠組み”に変えてしまうのです。
紙切れ1枚で「法の規範を飛び越えさせる」遺言書は、とても大きな権力です。
遺言者本人も気づいていないかもしれませんね。
こういうことです────
■相続の枠組みをフリーにする力
日本の相続法「民法」では、法定相続人が決まっています(第886―890条)。
法定相続人の登場順位まで明確に決められ、条件が合わなければ出番を失います。
そして各法定相続人の「法定相続分」も決められています(第900条)。
これが法による「相続の枠組み」です。
遺言書はこの「法定の相続の枠組み」楽々飛び越えてしまいます。
相続人か否かにかかわらず誰にでも財産を分けられ、そのあげ方も制約されません。
そうなると恣意的になりかねないので民法は第1028条で法定相続人の権利として「遺留分」を認め、一定割合の”取り戻し権”を認めました。
法定の枠組みだと「法定相続分」が取り分を争う場合の基準になります。
ところが遺言の枠組みによれば、どうしても分けなければならないのは「遺留分」の範囲になり、しかも「返せ」と要求されなければ遺言書の通りに相続分は決まっていきます。
これが「遺言書は相続の枠組みを崩す」と言った意味です。
ちょっと難しかったですか?
抽象的な説明はここまでにして、具体的に解説しましょう。
■遺言がないと同居の長男が苦境に
妻花子(83)、長女みどり(58)は他家に嫁ぎ、長男一郎(56)一家がこの家に同居、次男二郎(51)は独身でマンション住まい。
静岡家の目下の財産額は7000万円(不動産4000万円+金融資産3000万円)。
自分の亡き後に備え、花子さんが遺言を書こうと思うようになりました。
▼花子が書きたい遺言書の概略
- この家(土地も)を長男一郎に相続させる
- 金融資産3000万円はきょうだい均等に1000万円ずつ
法定相続分を見てみましょう。
子3人の相続だから法定相続分は3分の1ずつで、各2333万円です。
みどりと二郎は1000万円しか相続しませんから、各1333万円足りません。
遺産分割協議を乗り切るには、一郎さんは姉弟に計2666万円を支払う必要があります。
普通のサラリーマンにはできない相談です。
一郎さんには言い分があります。
「父の死後、母は気落ちして体調を崩し心身が急速に衰え、要介護度が4になった。今はデイサービス、ショートステイを使ってようやく落ち着いてきたが、これまで何度も入退院を繰り返し、その費用はすべて私が払ってきた。父が遺した3000万円がいまだに手付かずなのは私がいたおかげ。妻にもずいぶん負担をかけている」
法はこうした個人的な事情を一切、考慮しません。
花子さんが亡くなり相続が発生したときに遺言書がなければ、姉弟が”権利”を主張するとそのまま通る可能性大です。
家庭裁判所の調停でも訴訟でも、法定相続分通りに決着するのが普通です。
■遺言で遺留分が顕在化する!
遺言書は、この法定の枠組み(スキーム)を一瞬のうちに変える力を持っています!
花子さんが遺言を行使したとしましょう。
枠組みはこう変わります。
遺言書があると、争う基準額は「法定相続分」から「遺留分」に変わります。
遺留分は法定相続分の半分。
代償金の基準を半減させることができます。
だからこの相続を法的に決着させるために一郎さんは、姉弟2人に計334万円を支払えばよくなりました(相続する1000万円でお釣りが来ます)。
2666万円:334万円、お母さんが遺言書を書いてくれれば一郎さんは8分の1の負担でこの相続を乗り切れます。
遺言書は「法的な枠組み(スキーム)」から、私的な、遺言者本位の枠組みに変える力を持っているわけです。
遺言を書くことで、「遺留分」の観念を表舞台に引き出す、と言ってもいいでしょう。
■生命保険活用でゼロ円決着!
生命保険を使うと、この私的な枠組み(スキーム)はさらに変わります。
残っている3000万円の現金のうち、1000万円を生命保険に換えます。
契約者花子さん、被保険者花子さん、死亡保険金の受取人一郎さん。
相続人が手にする現金は各1000万円で変わりません。
さて、何が変わるのでしょう?
変わるのは正味の相続財産です。
先ほどまでは7000万円でした。
保険金は相続税の対象になりますが、死亡保険金そのものは(相続財産ではなく)個人の資産とみなされるという特殊な性格を持っています。
このため生命保険分は正味の相続財産から除かれます。
相続財産が6000万円に変わりました。
すると法定相続分は各2000万円に。
したがって遺留分は? そう、各1000万円に変わります!
遺言書の「枠組みを変える力」と生命保険の「相続財産を変える力」を共に活用すると、遺留分の金額を変えることができます。
みどりさんと二郎さんの「遺留分に対する過不足」は「ゼロ円」になりましたから、一郎さんはこの相続を姉弟に1円も払うことなく決着させられることになりました。
■遺言が導く意のままの相続
もちろん以上は、「数字上はこうなります」という話であって、姉弟の感情がそれで収まるかどうかは別問題です。
当然花子さんは分け方を指定するだけでなく、付言事項で「なぜこのような遺言書にしたのか」、理由を丁寧に書いてみどりさん、二郎さんの気持ちを慰撫すべきでしょう。
あるいは一郎さんに向けて、「保険金を独り占めしないで2人にも分けるよう」指示してもいいかもしれません。
遺言書はややもすると、遺言者の喜怒哀楽や、希望、恨みつらみ、えこひいきなど人間の感性や情念の発露として受け止められがちですが、私は合理的、理性的な「相続分の差替え戦略」として使えると思っているんです。
法定の相続分を自分本位の枠組みに変えられるというのはものすごい特権です。
ご自分の相続を100%コントロールしたければ、これを使わない手はありません。
遺言書は相続の枠組みを意のままに変える力を持っています!
とても大きな仕事をする遺言書の価値を、もっと評価しましょう。
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<ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)>
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