相続において「子がいないご夫婦」は何かと気をもまなければなりません。
滅多にないことですが、「夫婦が同時に死亡」したらどうなるでしょう。
民法はこの場合「同時に死亡したものと推定する」(法32条の2)という”奇妙な”条文を載せています。
おかげで「相続」にとんでもない影響を及ぼす可能性が出てきました───。
結論から言いますと、子がいる夫婦の場合は(同時死亡のショックは別として、こと「相続」においては)深刻な影響が出ることはありません。
しかし子がいない場合は、法定相続人の順位に影響するため、普通の人が考える”常識”とはだいぶ異なる相続になります。ご注意ください!
■子がいる夫婦なら心配は無用
【Aaさんご夫妻の場合(子がいる)】
ふたりには子が1人います。どちらも実母は元気で、兄弟姉妹は双方に1人ずついます。きょうだいの子、甥、姪も1人ずつです。
財産の状況は夫Aさん名義の財産[甲]は莫大であり、a夫人の財産[乙]はささやかです。
そて、質問です。
財産[甲]と財産[乙]の法定相続人は、それぞれ誰でしょう。
簡単ですよね。
答えは「子のX(エックス)」ただ一人です。
飛行機事故などで同時に複数の人が亡くなった時、民法は
第32条の2
数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する。
と規定しています。
[推定する]ですから、診療記録などの反証があれば「後まで生きていた」ということが認められる可能性はあります。
後で詳しく説明しますが、たとえ1分でも長く生きていれば、法定相続人が変わる可能性が出てきます。
今回は「同時に死亡した」との推定に従って解説すると、
夫Aは妻Bの財産[乙]を相続せず、妻Bも夫Aの財産[甲]を相続しません。
しかし子XはAとBの財産を個別にすべて相続します。
だから相続に関しては何の問題も生じません。
■同時死亡だと互いに遺産を相続しない
【Aaさんご夫妻の場合(子がいない)】
今度はかなり問題が出てきます。
同時死亡の場合、夫婦は共に相手の財産を相続しません。
では財産[甲]と[乙]は誰が相続することになるのでしょう?
イラストを挿入したのでお分かりになったと思います。
夫婦は互いに相続しないので、夫Aの財産[甲]は第2順位の法定相続人である夫の母Bがすべて相続します。
Bが相続放棄すると第3順位の法定相続人Cがすべてを相続し、Cがすでに死去している場合、代襲相続人Dが全財産を相続します。
つまり”お嫁さんの側(aの系統)”には1円も回りません。
同様に妻aの財産[乙]は、aの母親であるbが相続することになります。
では妻aが夫Aより1分長く生きていたことが証明されたらどうなるでしょうか。
財産[甲]は、その3分の2が妻aに相続され、夫の母Bに3分の1相続されます。
今度は莫大な財産[甲]が、aの側により多く引き継がれることになります。
もちろん妻の財産[乙]はaの系統にすべて相続され、夫の親族には回りません。
同時に死亡したか、時間差が少しでもあったかによって「相続」は大きく変化するわけです。
■子がいない夫婦の深謀遠慮!
文例に行きましょう。
夫婦同時死亡の重大さを知ったAa夫妻は、海外旅行を前に遺言書を書くことにしました。
子に恵まれなかったふたりにとって、子ども同然にかわいがっているのは妻aの姪、dです。
aの財産[乙]は放っておいても(同時死亡の場合は)母bに相続され、母が亡くなれば姉のcに相続されます。aは自分が事故に遭う確率は低いと思っているので今回、自分が遺言を書くことはしませんでした。
しかし夫には、夫婦同時死亡だと姪のdに財産は一切行かないことになるので「あなたは遺言を書いて」とお願いしたのです。
現在の、姪dとの良好な関係を思えば、Aにも異存はありませんでした。
書いたのは以下のような遺言書です────
遺言書
遺言者Aは以下のように遺言します。
1. 私が有する現金や預貯金、不動産及びその他一切の財産を妻aに相続させる。
2. 妻aが私の死亡より以前に死亡した場合(私と同時に死亡した場合も含む)は、私が有する現金や預貯金、不動産及びその他一切の財産を妻の姪であるd(静岡市葵区瀬名1丁目○番地、昭和50年5月31日生)に包括遺贈する。
3. この遺言の執行者として次の者を指定する。
住所 ○○県○○区○○市○○町○丁目○番○号
行政書士 ○○○○
付言 私たち夫婦は、○月○日からアメリカを旅行します。テロ事件などが頻発する昨今、飛行機の墜落や無差別テロなどでふたり同時に死亡する可能性がゼロではありません。「心配性がすぎる」とあきれられるかもしれませんが、万が一に備えてこの遺言を遺します。dさん、あとのことはよろしくお願いします。
お母さん、bさん、確率は万分の1ですが念のため遺言を遺すことにしました。もしものときには妻の妹であるcさんとdさんを頼ってください。遺言では特にdさんへの”負担”を条件とはしませんでしたが、状況はよく分かってくれていますので、どうぞご安心ください。
平成○○年○○月○○日
静岡県静岡市○○区○○町○丁目○番○号
遺言者 A ㊞
■この遺言には遺言執行者の指名を
今回は夫Aだけの遺言書にしました。
「同時死亡」を想定すると、状況によっては夫婦ふたり共が遺言を書いた方がよい場合が考えられます。
そのとき、絶対に夫婦連名の遺言にはしないでください。
連名の遺言書は無効とそれますから、くれぐれもご注意を。
配偶者の兄弟姉妹やその子(甥や姪)は法定相続人ではありませんので、「相続させる」ではなく「遺贈する」です。
今回のように全財産を贈る場合は「包括遺贈」と言います。
包括遺贈の場合、受遺者(遺産を譲り受ける人)は法定相続人と同じ権利と義務を負います。
この家族の場合、遺言者と母親は良好な関係のようですから「遺留分」の話が出てくる可能性は低いと思われます。
しかし、遺贈の場合でも法定相続分にかかる部分については遺留分減殺請求される可能性があることは承知しておいてください。
そんな場合に備え、遺言執行者を指名しました。
■無事に戻ったら遺言書廃棄も検討を
[付言]には法的な拘束力はありません。
したがってここに書いたことで、受遺者やその他の人が何かをしなければならないということではありません。
夫婦にもしものことがあった場合の「親のことをよろしく」という文言も、特に義務を課しているわけではありません。
こういうある種の”負担”を遺贈の条件にする場合は、[付言]ではなく遺言の本文に書きます。
するとこの事項は受遺者が「負担すべき条件」となり、義務が生じることになります。
(これを「負担付き遺贈」と言います。今回は避けました)
なお、この遺言を「夫婦の同時死亡」を強く意識して書いた場合、無事に帰国したら廃棄した方がよいでしょう。
旅行期間中限定で書いたつもりでも、遺言には期限がないので、ずっと後まで残る可能性があるからです。
その後状況が大きく変わったのに古い遺言書が残っていると、その遺言はあくまで有効なので、遺言者の当初の想定を超えたとんでもない効果を生んでしまうことがあります。特別な状況を意識して書いた遺言は「期限付き」と思って、破棄するなり書き直すなり、必ず次の行動を起こしてください。
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静岡県遺言普及協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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