◇相続放棄とは
- 民法上の用語の一つで、法定相続人が遺産の相続を放棄すること。
- 相続放棄をしようと思う者は相続を知った時から3か月以内に家庭裁判所で申述書を提出しなければなりません。
- 相続放棄をするとその者は、初めから相続人でなかったものとみなされます(遺産に関する一切の権利と義務を失います)。
- 「相続人でなかった」ことになるので、法定相続人の順位に影響を及ぼすこともあります。
- 相続放棄をすると、放棄者の子や孫は代襲相続できません。
- 相続放棄は相続が発生した以降でなければすることができません。
■相続放棄で相続人の順位が変わることも
「相続放棄」をごく一般的に解説すると、以上のようになります。
意味がお分かりになりますか?
相続対策では聞きかじりの知識が大きな災いとなることがあります。
遺言は財産を左右する文書ですから最高に重要な書き物ですが、その割に一般の人の知識はあやふやです。
大金が動くというのに・・・・・、「知らない」というのは非常に危険であると憂慮せざるを得ません。
冒頭の「箇条書き解説」で最も重要な個所は「太字」にした部分です。
「初めから相続人でなかったものとみなされる」ということは、単に「遺産をもらわなかった」ということとは意味合いがまったく異なります。
赤い太文字で書いたように、「法定相続人の順位に影響を及ぼす」ことがあるほど重大な”地位変更”なのです。
相続を経験した非常に多くの人が「遺産を何ももらわなかった」ことを「私は相続放棄した」と言ってしまいます。
この「相続放棄」は、家庭裁判所に出向いて「相続放棄」の手続きをしたこととは別物。
言葉は同じなのですが、法律効果はまるで違うので、言葉に惑わされて必要もないのに”放棄”をしないでください。
■遺産分割協議で即決できたのに
わかりにくいので例え話で解説しましょう。
三世代同居のあなたの家で相続が発生したとします。
縁起が良くないですが「あなた」は夫で被相続人です。
あなたが遺言を書いていなければ「相続」は赤丸点線内の核家族(妻と子1、子2)で決します。
法定相続人は妻と子ふたりであり、お母さんは関係ありません。
母子3人で「遺産分割協議」を行い遺産の分け方を決めることになります。
あなたは生前、「もし私が妻より先に死んだら、妻がすべて相続すればいい。子どもたちがこの家の財産を相続するのは妻が亡くなった時でいい」と考え、妻や子にもそのように話していました。
お母さんや、あなたの兄弟姉妹(そのうち2人は亡くなっていますが)は健在ですが、「うちには子がいるから相続は何の心配もない」。
そう思っているからこそ遺言も遺さなかったのです。
ふつうなら、こうなるはずでした────
- 気持ちが落ち着いたら、妻と子1、子2で遺産分割協議を行う。
- 子はふたりとも父親の意思が分かっているので「何もいらないから」と相続を辞退します。
- 母がすべての財産を相続する、との遺産分割協議書を作成、妻と子1、子2の全員が署名して押印。
通常の手続きはこれで終了。
預貯金の名義書き換えや不動産の所有権移転登記などを行い、必要があれば相続税を納めます。
ところがあなたの家で大きな”事件”が持ち上がりました。
子1、子2が相続放棄の手続きをしてしまったのです!
■子の相続放棄で「嫁・義母」対決⁉
あなたが日ごろから子たちに「お前たちは相続放棄をするように」といっていたので、手続きすることに何の疑いも抱かなかったのです。
妻も同様です。3人でインターネット検索をし、家庭裁判所で相続放棄の申述書を提出しなければならないことを知り、ふたりに家裁に赴かせたのです。
申述書が認められるとどういうことになるのか?
冒頭に書いた通りです。
相続放棄をした者は、初めから相続人でなかったものとみなされます!!
上のイラストをご覧ください。
相続上は、2人の子は「存在していない」ことになってしまいます。
これはどういうことかというと、「子がいない相続」のパターンになってしまうということです。
先ほどは、あなたのお母さんはカヤの外、赤丸点線の枠内に入っていませんでした。
今度は入ることになります!
今度の法定相続人はあなたの妻とお母さん。
尊属は第2順位の法定相続人であり、第1順位の法定相続人(子)が1人でもいれば「相続」にかかわることはないのですが、子の相続放棄によって第2順位者を呼び寄せてしまったわけです。
法定相続分は「妻3分の2、母3分の1」です。
「そんなバカな!」という感じですよね!
こんな場合、どうすればいいのでしょうか?
あわててお母さんに「子どもの相続放棄は間違いでした! お母さんも放棄してください」と言ってはいけません。
もっと大変なことになります(後述)。
思い出してください。
民法は第900条で法定相続分を規定しています。
しかし、実際にはその割合通りに決めなくても一向に構いません。
遺産分割協議で話し合い、相続分を自由に決めればいいのです。
あなたのお宅では日ごろから、「私が先に逝ったら妻に全財産を」と何度も言ってきました。
当然、母親の面倒を妻にみてほしい、そのための母と妻の”老後資金”になるのが「私の財産」ということなんでしょうから、あなたの妻と母親が話し合って、既定方針通り、とりあえずは妻が全財産を相続すると決めればいいだけです。
お母さんも特に反対はしないでしょう。
■義母が放棄→きょうだいが相続人に
ただ、人間、あわてているときには何を引き起こすかわかりません。
義理のお母さんが義侠心厚く、しかも気がつくタイプの行動派であった場合、「私は財産なんかいらないわ。相続放棄するわよ」と言って、家庭裁判所に駆け込んで相続放棄の手続きをしてしまったらどうなるか。
(1度ミスしたこの家庭で2度目のミスはめったに起きないと思いますが、事情がちょっと違うと非常に起きがちな”事件”なのです)
突然、イラストがにぎやかになりました。
第2順位の法定相続人はお母さんただ1人でしたから、この人が相続放棄をすると「第3順位の法定相続人(夫の兄弟姉妹)」が浮上してしまいます!
妻とあなたの兄弟姉妹、正確に言えば亡くなった兄姉(「甲」「丁」)の家では代襲相続人の甥(「A」)と姪(「D」)までが法定相続人となります。
相続分は「妻4分の3、兄弟姉妹4分の1」です。
具体的に数字を言うとA、乙、丙、Dの4人の相続分は「4分の1を4人で割って、16分の1」となります。
きょうだい側の相続分は1人当たりでは16分の1で大した額ではないように見えますが、夫の遺産が4000万円(不動産3000万円、金融資産1000万円)だとすればA、乙、丙、Dの相続分は各250万円。
これだけの金額が”転がり込む”なら母親が「私のミスだった。嫁に返しておくれ」と言っても聞き入れない人が出てくるのもやむを得ないでしょう。
もちろん第3順位者の何人かは相続放棄をするかもしれません。
しかしその場合でも、第3順位者が1人でも残っていれば、1000万円は第3順位者側の権利です。
(同順位者が何人いても相続分は増減しません)
以上が太赤字で書いた「法定相続人の順位に影響を及ぼす」例です。
「相続放棄」に対する正しい知識がなかった故の手痛いミスでした。
一般の人は「相続を辞退する」ことを誤解して、「相続放棄した」とよく使います。
この混同は取り返しのつかないミスにつながるのです。
「相続放棄」は取り消しができません。ご注意ください。
■相続放棄したら次順位者に伝える
( )書きで先ほど私は「事情がちょっと違うと非常に起きがちな”事件”」と書きました。
それはどういうことかと言うと、子がいる夫婦で両親は他界、しかし配偶者の兄弟姉妹は何人か健在というケースです。
この場合、子が母にすべて相続させるつもりで相続放棄をすると、前の事例のようにいきなり兄弟姉妹が法定相続人に加わってきます。
第2順位の両親の場合は「相続辞退」を説得しやすいですが、ふだん交流がない義理の兄弟姉妹や甥、姪相手では相当に苦労することになるでしょう。
くどいようですが「相続放棄」をするときはくれぐれも慎重にしてください。
相続財産より借金の方が多いなどの特段の事情でもない限り、「相続放棄はよくよくのこと」と思っていた方が無難です。
もうひとつ重要なこと。
相続財産に借金などマイナスの財産が多い場合に相続放棄されるのは当然ですが、その場合、同一順位者の全員が相続放棄したときは、必ず次順位者たちに放棄したことを伝えてください。
相続放棄が許される期間は、相続のあったことを知った時から3か月ですから、自分が法定相続人になったことを知らされないと、大変な迷惑をかけることにもつながりかねません。
■相続放棄で代襲相続は?
なお「相続放棄」に絡んでもうひとつ分かりにくいことがあるので説明しておきます。
代襲相続が絡んだ話です。
なにか一般の私たちの感覚からすると「えっ、そうなの⁉」と言いたくなるような結果になります。
イラストは夫婦と子3人、それぞれの子には1人の子(被相続人から見ると孫)がいるとします。
左側はごく普通の相続。妻と子3人が相続します。
おかしいのは右側(あり難い仮定ですがお許しを)。
子の1人が遺言書を改ざんして相続欠格に。法定相続人の資格を失いました。
もう1人の子は被相続人に日ごろから暴力を振るっていたので遺言で相続廃除。これにより相続の権利を失いました。
3人目は相続を放棄。
さて、法定相続人は誰でしょう?
「妻」は当然ですね。
「子」は3人ともアウト。
では孫に代襲相続される?
されるんです!!
ただし親が相続放棄すると、その子には相続権は回りません。「初めから相続人ではなかった(つまり「存在しない」も同然)」、相続人の子ではないので、相続しなくて当然です。
ところが、親が相続欠格したり廃除されてペナルティーを受けているのに、その子は代襲相続できるのです。
孫1、孫2は法定相続人です。
「相続放棄はよくよくのこと」と言った意味がお分かりになったのではないでしょうか。
■相続の「技術」は正確な知識から
私はこれまでも「遺言や相続は技術である」と何度か言ってきました。
「技術」のおおもとにあるのは正確な知識でなければなりません。
聞きかじりの”知識”で動くと、こんな憂き目をみることもあるわけです。
終活や相続の周辺にはこういう話がいくらでもあります。
介護や医療、お墓・供養、遺言相続、資金捻出手段としての生命保険のこと────。
人の終末にかかわることは誰にも関係があり、多くの人がいろいろな形で経験します。
だから「体験談」を持っている人は非常に多い。
自分が経験していないと、どうしても人に聞きたくなります。
そこで体験が語られるわけですが、上に挙げたどの分野の話も実は奥が深く、素人判断をすべきではありません。
遺言だけではなく、相続も、終活も技術です。
技術を支えるのは「正確な知識」。
そのことを言いたくて、こんなに長い「とは物」になりました。
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静岡県家族信託協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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