★「鼻チューブ」から満1年、父は「花ひらく」と書初めした!

鼻からチューブから1年

正月3日、着替えを持って父がいる「池田の街(老健施設)」を訪ねた。
いつも愛想のない看護師が珍しくはしゃいだ声で
「いま、書初めやってもらっていますよ」と言った。

 

■左手に筆ペン

脳梗塞を発症した父は右半身不随である。
リハビリの一環として左手で書く訓練も何度かやってきた。
筆ペンの字は、筆圧も弱く利き手でない不利さもあって、弱弱しくくねっているのが常だった。
書家として県内トップに君臨していた。
だから自分でも不甲斐ないのだろう、しばらく挑戦していたがやめてしまった。

 

久々の筆ペンである。
書家の息子に生まれながら、書に興味湧くことのなかった私には出来不出来は分からないのだが、きょうのには趣きが感じられた。
「和」という一文字。
「花ひらく」は父が好んで使う言葉で、私と家内の結婚に際し、引き出物として100枚の作品を仕上げたほどだった。

 

花ひらく 清流書
文字の形は思い通りにならなかったようで見せるのを渋っていたが、字の配置などは父らしな、と私は思った。

 

■父の強い目力に「生きたい」を見た

父が倒れたのは満90歳の誕生日を目前にした昨年正月3日だった。
あれから満1年。
父の闘病は続いている。

 

救急病院に父を連れて行った時には、それほど深刻に考えていなかった。
すぐに脳梗塞と診断され、救急車で総合病院に。
それから3週間の入院。
5日目に私は担当医師から、「嚥下が難しいので鼻からチューブを胃まで入れて栄養補給したいが、いかがか」と問われ、動転した。
『そんなに深刻にやられてしまったのか⁉』という驚きである。

 

それまで「延命治療」には否定的だった。
母はすでに2年以上、経鼻経管栄養のお世話になって生き延びており、隣家の老婦人も胃瘻(いろう)を増設して95歳まで命ながらえ、その間に看病していた70歳の娘さんが先に亡くなってしまうという”悲劇”を見ていたから。

 

しかし今回は迷わなかった。
父の「生きていたい」という想いを、一瞬目かわしたときの強い目力で、十分に感じ取れたから。
総合病院には3週間入院。
その後リハビリ病院に転院した。

 

■一時は「鼻からチューブ」を脱する

リハビリに励んでいた3週間後、父は誤嚥肺炎を起こし、また総合病院に緊急搬送されてしまった。

 

その夜、担当した内科医は「もしもの時にはどうされますか?」と私に尋ねた。
「危篤になったら・・・・無理強いはできないかもですね・・・・」
いわゆる心臓マッサージや気管挿管などの救命措置が頭に浮かび、そう答えた。
しかし父は命の危機を、その時も乗り越えた。

 

3週間でリハビリ病院に戻り、手足のリハビリと言語・嚥下の訓練にも励んだ結果、5月初めには鼻からチューブを脱し口から栄養を摂れるまでに回復した。
とはいえ父はリハビリ病院でも、その後の老健施設でも、そのフロアにいる人の中で一番の”劣等生”だった。
なにしろ利き手をやられてしまったハンディは大きい。
食べる速度は誰よりも遅く、よくこぼし、また嚥下障害による唾液の飲み込み不調でヨダレが出てしまうことを防ぐことはできなかった。

 

それから半年後の11月末には、ちょっとした拍子にも誤嚥しむせることが多くなり、父はまた鼻からチューブを施されることになった。

 

■無意味な延命期間とは思えない!

父はこの間、幸せだったのだろうか・・・・・
昔の私なら、必ずそう考えたろう。
今はそうは思わない。
この1年間が、父にとっても、私にとっても”無意味な延命の期間”だったとは、到底思えないのだ。

 

父はひとことも、病気になった自分を悲観しなかった。
ただの一度もわが身を嘆かない!
これは不思議なことだった。
父は書道家としては立派な師匠であったが、弟子に対して、やれここが痛い、具合が悪い、熱がある、病気かもしれないとさんざんに甘えたことを言ってきた。
病気なら師匠たるもの、秘すのが当然と思うのに、父は逆だった。

 

だから私は常に父には批判的で「生きざまがみっともない」と思い続けていた。
度を越したナルシスト、そんな風にも思えた。
しかし今、それは反省しなければならない。
自分の死が間違いなく身近に迫っている今、父は狼狽をまったく見せない。

 

施設で各階ごとに運動会をすることがあった。
父はみなに合わせて不自由な動作をやり続ける。
私なら『子どもじゃあるまいし』と思ってしまうところだが、その状況に順応している。

 

■生きられる命を生きるのは潔い

暮れの30日に訪ねたとき「ごはん たべたい」と父は文字盤を指さした。
「そうだよな、食べたいよな。でも誤嚥しちゃうから・・・・」
と言っても聞いてはいない。
もう一度「ご・は・ん」と指で指す。
「うん、食べられるように、そう言っておく」

 

きょう、元旦に届いた父宛ての年賀状を持っていった。
200枚余。
順に手渡すと、じっくり読んだり、すぐ目を外したり。
書への興味というより、「誰から」と、そして「書いてある文言」によって読み方が違うようだった。
いずれにしても、意識は依然として明晰であるようだ。

 

昨年父はずっと病床にはいたものの、2つの安堵を経験した。
わが姉の長男(父から見れば孫)の子が4月に誕生、
私の娘も5月、長くつきあってきた彼と正式に結婚した。
娘が暮れに見舞ったとき、様子を聴きながら父は「あ・ん・し・ん」と文字を指した。

 

こういう慶事がなかったとしても、父があきらめずにいることは私自身を後押している。
私は長く「潔く生きたい」と気取っていた。
それゆえ”命長らえること”をさげすむようなごう慢さがあった。
しかし、そんなポーズは幼稚だったと、今なら思える。
懸命に、生きられる命を最後まで生きようとする方が力強く、潔い。

 

■延命を欲するか否かは意欲の問題だ

世の中に、「延命」の議論がある。
「不必要な延命は拒否する」ようなことを言う人がいる。
しかし”不必要”かどうかは微妙だし、「延命拒否」は声高に宣言するようなことでもない。
(無意味に活かされるという)恐怖や、
(命長らえること自体に対する嫌悪)感情や、
(医療費がかさまないようにという)義侠心に駆られたような「延命拒否」には、肩をすくめるしかない。

 

ご勝手に!
ただし慎重に、冷静に、と助言したくなるだけである。
いくつになったから延命は拒否、だなんて、思慮がなさすぎる。
延命を欲するか否かは、ただただ意欲の問題だ。
生きたい意欲がある人にはそういう対応を。

 

どのような選択肢であれ、本人が自由に選び、それが実現される社会こそが健全なのだと思う。
つまり、延命拒否を選ぶ人がいてもいいし、命にすがる人もいていい。
その意思が(たとえ真反対の結果を招いても)本人の意思なら尊重される。
そういう社会がいいな、と思えるようになった1年だった。

 

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ジャーナリスト石川秀樹
相続指南処行政書士

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石川 秀樹

遺言、相続対策と家族信託の専門家です。特に最近は家族や事業を守るための民事信託への関心を強めています。遺言書や成年後見といった「民法」の法律体系の下では解決できない事案を、信託を使えば答えを導き出すことができるからです。
40年間、ジャーナリストでした。去る人、承継する人の想いがよりよくかみ合うようにお手伝いしていきます。

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石川秀樹

1950年生。ジャーナリストです。相続対策家(行政書士)。小さな出版社の社長でもあります。何を書いてもユニーク。考え方がまともなだけなんですが。このブログは遺言相続、家族信託、それと老後のあれこれについてが中心。

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