以前、遺言は”技術”である、説得の技術なんですよ──ということを書きました。
その時は「遺言を書いておいた方がよいケース」を紹介したかったので、遺言書のどういうところが”技術”であるのか説明しないままでした。
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これから数回、「遺言は技術である」ことを具体例でお話ししたいと思います。
第1回は「子のない夫婦の普遍的な問題」に焦点を当てます。
■兄弟姉妹は争族のジョーカーだ!
被相続人の兄弟姉妹は「子のない夫婦の相続」の場合、しばしばジョーカー的な役割を果たします。
静岡家の相続。
夫太郎さん67歳、妻花子さん62歳。ふたりには子どもがいません。
今回、奇妙な存在感を示すジョーカーは、第3順位の法定相続人、夫の兄弟姉妹です。
静岡家をめぐる「相関図」をご覧ください。
夫にも妻にも両親はなく、兄弟姉妹は共に4人ずついました(×印はすでに「他界」)。
これらの親戚と静岡さん夫婦は、これまで仲良く交流してきました。

親戚づきあいしている夫の兄弟姉妹というのは、妻から見れば気を遣う相手です
一方、太郎さんが築いた主な財産は総額4000万円です。
3000万円がマイホーム(家と土地)、1000万円が預貯金。
太郎さんは、自分の死後は妻に全財産を渡したいと思っています。子がいませんからで当然の想いです。
でも太郎さんは相続のことがふと気になって、相続特集の雑誌を買ってきました。
遺産をめぐる身内同士の争い、いわゆる”争族”が話題になっています。
特集記事を読んで、初めて自分の兄弟姉妹も法定相続人になることを知りました。
【注】おさらい。相続は「子」がいないと一変します。
- 子がいる場合は「子」が第1順位の法定相続人
(配偶者は常に相続人であり、子がいる限り相続は核家族内で完結します) - 子がなく被相続人の親がいる場合、「親」が第2順位の法定相続人
- 子も親もいない場合、被相続人の兄弟姉妹が第3順位の法定相続人
■対策しないから相続になるッ!
この辺はもうご存知かと思います。
念のため、クイズをしましょう────
即答できたでしょうか。
答えは5人です。
妻と、夫の兄弟姉妹も法定相続人になりす。
しかし「甲」と「丁」は亡くなっていますから、相続人にはなれません。代わりにその子どもである「A」と「D」が相続人になります(「代襲(だいしゅう)相続」と言います)。
では法定相続分はいくらになりますか?
「妻:第3順位の相続人=3/4:1/4」です。
兄弟姉妹のもらい分はかなり少なくなっています。
4人で1/4ですから、A、乙、丙、Dが実際に得られる遺産は「1/16」です(兄弟姉妹に与えられる1/4の遺産をさらに4人で割るわけです)。
《こんなに少ないなら、まあ、もめることもないだろう。うちはきょうだいとは仲良くやってきたしな》
そんな夫のつぶやきを聞いて、花子さんは少し心配になって私に相談にみえました。
「夫に遺言を書いてもらわなくても大丈夫ですよね?」
「とんでもありません。ゼッタイに書いてもらってくださいッ!」
私は断固として、答えを返しました。
「うちは仲がいいから」「うちには財産なんてないから」
実に、実に多くの人が遺言を書かない理由、遺言に興味が持てない理由を言います。
だから争族になってしまうんです!!。
「うちには関係ない」と、なんの対策もしないからもめてしまうのです。
■タダでもらえる250万円が「少額」か
私たちは「お金の話をするのは卑しい」くらいに思って、ふだん財産の話をしません。
しかし、こと「相続」に関してはその姿勢、まったくいただけません。
<人間は欲深なんだ、ただでもらえるものはもらいたいと思うものだ>と思った方が正解です!
相続をめぐる親族内の争いは、大きな金額のみをめぐって起きているわけではありません。
相続額3000万円以下の争いが70%以上です。
実際に、40万、50万円をめぐる裁判例がいくらでもあります。
損得勘定もさることながら、《納得できないッ!》というもうひとつの「カンジョウ」(感情)もまた大きいのです。
お金には”魔力”があります。
静岡太郎さんの”遺産額”は4000万円。兄弟姉妹の法定相続分は1000万円あります。4人で割っても250万円。
対価なく、なにもしないでタダでもらえる250万円、少ないですか⁉
一般論で考えてみてください。
あなたに「250万円を無条件であげる」という人が現れる可能性はどれくらいありますか?
しかもその人は、あなた以外の3人にも「250万円をあげる」と言っているのです。
あなたは『もらう理由がないから、いらない』と思うでしょうか。
■1人だけ相続放棄しても無意味
もう少し現実的に考えてみましょう。
あなたは静岡家の相続で、第3順位の相続人「乙」だったとします。
乙は清廉潔白な人なので「相続分はいらない」と思っています。
しかし「A」は強欲な性格です。みすみす250万円をただでもらえる機会を逃すでしょうか。
あなた(乙)は250万円をもらわないようにするため、相続を知った時から3か月以内に家庭裁判所に行って「相続放棄」の申述書を提出します。
するとこの250万円はどこに行くのでしょう?
あなたが放棄したのは「花子さんのために(身を引いた)」ですから、250万円は花子さんに分け与えられるのでしょうか。
そうはならないんです。
第3順位の法定相続人の法定相続分は遺産の1/4、1000万円でした。
放棄したあなた(乙)は「はじめから居なかった」ということになります。
だから第3順位者に与えられる1000万円は変わらず、それをA、丙、Dの3人で分けることになります。
花子さんのために”辞退”したあなたの行為は、金銭的には何の意味も持ちません。
同順位の相続人が1人でもいれば、1000万円が花子さんに行くことはありません。
丙もDも相続放棄をしたら、Aが単独で1000万円を得るだけです。
だからあなたが「花子さんに全財産が行くようにしたい」と考えるなら、第3順位の相続人全員が相続放棄するよう各相続人を説得するしかありません。
説得はかなり難しいでしょう。
これが現実です。
夫の遺言書の指示がない限り、妻に全財産を相続させることは不可能。
親戚が善意で気をきかせてくれるなどということは起こらない、ということをみなさんの常識にしてください。
■対策は”魔法の1行”で足りる!
では対策です。
子のない夫婦の場合は、夫がたった1行「妻花子に私の全財産を相続させる」と遺言を書けばいいのです。
事態を一瞬で変える”魔法の1行”です!
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これで今回の相続では問題なく、花子さんに全財産が渡ります。
「遺留分」が心配ですか?
それについても説明しておきましょう。
遺留分とは簡単に言えば、遺言で極端にアンバランスな相続配分がなされたときに、法定相続人が「法定相続分の半分」を取り戻せるという権利です。
多くもらった相続人に遺留分減殺請求をすることによって効力を発揮します。
では今回、第3順位の相続人たちから減殺請求されれば花子さんは応じなければならないのでしょうか。
そうはなりません。
第3順位の相続人には遺留分がない(民法1028条)ため、減殺請求をする権利が初めからないのです。
■遺言は現代人に必須の技術
遺言を書くことは現代人に必須の情報技術です。
子のない夫婦の場合には100%遺言書を書くべき、というのも技術の一つ。
相続は、あらかじめ起こり得ることを知っていれば、大部分は対策することができます。
今回のように「完ぺきに遺言者の想いを実現できる」状況で、「うちはきょうだい仲がいいから」などと根拠のない甘い判断で遺言を書かず、(結果として)遺される人に苦境を背負わせることはあってはならないことだと思います。
気づいた時が書くべきタイミングです。
同じ状況を抱えている人は、今すぐにでも”魔法の1行”をお書きください。
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静岡県遺言普及協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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