「らくらく遺言(いごん)」文例の第1番に紹介すべきは、永年苦労を分かち合ってきた配偶者への遺言書でしょう。
遺言書
遺言者静岡太郎は、妻静岡花子に私の全財産を相続させる。
平成○○年○○月○○日
静岡県静岡市○○区○○町○丁目○番○号
遺言者 静岡太郎 ㊞
■配偶者は常に”別格の”相続人
民法では「配偶者」は常に法定相続人です。
言ってみれば”別格”の扱い。
配偶者以外の相続人には順位が決まっています。
第1順位: 死亡した人の子ども
※その子どもがすでに死亡している場合は、その子どもの直系卑属、つまり子や孫が相続人になります。これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)といいます。
第2順位: 死亡した人の直系尊属(父母や祖父母など)
※父母も祖父母もいるときは、死亡した人により近い世代である父母の方を優先します。
第2順位の人は、第1順位の人がいないとき相続人になります。
第3順位: 死亡した人の兄弟姉妹
※その兄弟姉妹が既に死亡しているときは、その人の子どもが相続人となります。
第3順位の人は、第1順位の人も第2順位の人もいないとき相続人になります。
■必ずしも配偶者がすべてを相続できない
このように順位が決められている中で、”指定席”を持っている「配偶者」は必ず相続できるわけですから遺言書を書く必要はないようにも思えます。
しかし別格の相続人である「配偶者」といえども、遺産のすべてが相続できるわけではありません。
法定相続人には、その”取り分”(法定相続分)が以下のように決まっているからです。
- 第1順位の子の場合、法定相続分は「 配偶者1/2 : 子1/2 」
- 第2順位の死亡した人の親の場合は「 配偶者2/3 : 親1/3 」
- 第3順位の死亡した人の兄弟姉妹は「 配偶者3/4 : 兄弟姉妹1/4 」
相続で第2順位、第3順位の相続人が登場するのは、被相続人に子どもがいない場合です。
逆に言うと、ご夫婦に子どもがいない場合は、夫(妻)が亡くなったときに妻(夫)が遺産のすべてを相続できるとは限らないということです。
※配偶者が何もしなくても全遺産を相続できるのは、第2順位、第3順位の相続人がすべていないか、全員が相続放棄をした場合だけです。
例えばこんな場合──
■子がいない夫婦の誤算!
<「私」には子どもがいない。両親はすでに他界、兄と妹は健在だ>
「私」が死ねば遺産はすべて妻が相続すると思い遺言も書かずにいたが・・・・。
葬儀が終わり四十九日も済んで妻がようやく心の落ち着きを取り戻したころ、思いがけなく私の妹が訪ねてきた。
「ところでおねえさん、遺産分割協議はいつやるの?」
妻は顔色を変えた。夫の財産は自分が継ぐものとばかり思っていたからだ。第3順位の兄と妹。私も生前、気にも留めていなかった。やむなく数日後、妻と妹と兄で遺産分割協議を行った。すると妹は待っていましたとばかり「わたしにもお兄ちゃんの遺産を相続する権利があるのよね」と言い出した。兄までが同調してしまったのには心底驚いた。おかげで私の遺産は、財産形成になんの寄与もしなかった兄妹に1/8ずつ(ふたり合わせて1/4)分けなければならなくなった。まことに不本意な結果で、妻に謝るしかない。
予想外の展開に妻はぼう然。彼女は、私の遺族年金で暮らしていくつもりで、いざとなれば家と土地を売って施設に入る予定であり、私ともそのように話していた。そんな妻にとって兄妹の相続分を現金で支払うことはとうてい無理な話。結局、親戚のとりなしで妻の単独所有になるはずだった私名義のわが家と土地は、妻3/4、兄1/8、妹1/8の持ち分で共有することになった。
「持ち分を譲ってもそのまま住み続けられる。大した問題ではない」
とお思いか? とんでもない。妻にとっては死活問題である。
不動産が共有になったおかげで兄と妹の賛成がなければ売ることもできなくなった。説得して売ることができたとしても、売買代金の1/4もの現金を(妻から見れば何の関係もない)兄妹に”持っていかれる”ことになる。
私が無頓着だったために妻にこんな苦労をかけることになるとは。
悔しい、まことにくやしい !!
せめて(第2順位である)両親のどちらかが生きていてくれたら、妻のために快く相続放棄してくれただろうに・・・・。
と、草葉の陰でほぞをかんでもなんの足しにもならない。
「私」はいまだに成仏できないでいる。
■遺言必須の場合がある
子どもがいないご夫婦には、常にこのようなリスクがあります。
「配偶者」の立場からすれば「いかにも法律の不備」と言いたくなる事例ですが、そうとばかりも言えないのです。財産は自ら一代で築き上げる場合もあるでしょうが、その親から多くを受け継いだということもあるからです。夫婦はもともと他人同士。血縁のことを言えば、兄妹は「赤の他人のお嫁さんに○○家の財産をすべて持っていかれるなんて」と感じるかもしれません。
まあ、見方や立場によること。
要は亡くなる方(被相続人)の考え方次第です。
血縁を重んじるなら『少しは兄や妹にあげたい』と思えるでしょうし、妻の生活を第一に考えるなら『すべてを妻に』と思うでしょう。
今回の問題は、どちらの意思をもっていたにしろ、「私」が何の手も打たなかったということです。
<問題がある>ことにさえ気づいていなかった、ということが一番の問題!
冒頭でご覧になったように、「配偶者に全財産を相続させる」にはただ1行書けばいいのです。
- 全文を自分で書く
- 日付を書く
- 署名する
- ハンコを打つ
自筆遺言書の必要十分条件はたった4つです。
■自筆遺言書の効果は公正証書と同等
時間の余裕があり、正確・確実のためならお金がかかっても構わないというのであれば「公正証書による遺言書」もおすすめできます。
しかし死期が迫っているような特段の事情がある場合、あるいは時間的な猶予がまだある場合でも、ふと配偶者のことが心配になり『どうしようか』と思ったこの瞬間に、迷わず紙に書き(消えない筆記具を使って)今日の日付を入れて署名をし、ハンコを打ってほしいのです。
それですべてが変わります。
ハンコは実印が望ましいですが認印(みとめいん)でもかまいません、実印を探して(あるいは実印を作るために)後回しにするくらいなら、とにかくあなたが普段使っているハンコを打って遺言書を完成させてください。
あなたが急な発作に襲われた時でも自筆の遺言書なら、手近にある布に書いても、チラシの裏や新聞紙の余白に書いても、本文と日付と署名、ハンコがはっきりしていれば有効になります(あなたが死亡した場合、相続人など利害関係のある人が家庭裁判所に提出して「検認」という手続きをしてもらうことになります)。
■「思い立ったが吉日」
このように自筆の遺言書は「思い立ったが吉日」です。
文面にあれこれ迷って書かないでいるより、どうしても書いておかなければならない事項は、ふと浮かんだ瞬間に書き留めておいてください。
遺言書は完ぺきな”完成品”でなくてもいいのです。
「10」遺言したいことがあり、「2」か「3」しか書き方が分からない場合でも、それを書き留めて「遺言書」にしておくべきです。
なぜなら人間というものは、一度やりかけると「完成させないまま放っておくことができにくい動物」だからです。
遺言書を一部でも書けば、非常に重要な法律文書ですから、完成させずにはいられなくなります。
一番重要なことから書いてください。日付、署名、ハンコを打って有効なものにしておくこと。
その場合、あなたに万一のことがあっても「書いたこと」は有効に機能します。
思い立った日に書いたおかげで、あなたの希望が実現していきます。
とにかくもっとも気にかかる重要なことから先に書き、遺言書の書式にしてしまいましょう。
あとはじっくり考えてけっこうです。
加筆・訂正、書き直しはいつでもできます。
何度でも書き直せます。
(その場合、前の遺言書は必ず破棄すること。何通も見つかると混乱の元になります。遺言書は日付の新しいものが有効になりますが、前の遺言書が直ちに無効になるわけではありません。後の遺言書で訂正した部分が無効になるのであって、他の部分はなお有効です。こんなものが何通も存在すると必ず混乱します。だから最新の遺言書を書いたときは、それ以前の遺言書は完全に破棄したほうがよいです)
■不安なら遺言書協会が添削
やや蛇足ながら。
法律の専門家の多くは、「自筆の証書遺言は(書式等に)誤りがあって無効になりやすい。字が判別できないこともある。素人がわけのわからないことを書いて、かえって相続を混乱させることがある」などと厳しい評価をしがちです。
一部うなずけるところはあります。
しかし「完ぺきな遺言」をめざして書かないでいるうちにあなたに万一のことがあったらどうしますか?
それに現在は「認知症」というやっかいな病気があります。
認知症になってから書いた遺言は、意思能力があったことを証明しない限り、無効とされてしまうのです。
そうなる前に、思いついた瞬間に魔法の1行を書いておきましょう!
「私」のように草葉のかげでほぞをかんでいても仕方がない。
書けるときに自筆で書いておきましょう。
これは保険です!奥さんにとって、とても大きな保険です!!
保険を掛けたうえで、法律の専門家にご相談ください。
わざわざ弁護士事務所を探すことはありません。最近は年に何回か、どんな町でも「無料法律相談」などを実施しています。また私が所属している静岡県遺言普及協会ではいつでも「自筆遺言書の無料相談、添削(てんさく)」を行っています。ルールにのっとってきちんと書いてあれば自筆遺言書は有効になりますし、その法律効果は公正証書遺言とまったく変わりません。「公正証書だから優先される」ということはないのです。
<遺言者静岡太郎は、妻静岡花子に私の全財産を相続させる。>
不測の事態を封じる”魔法の1行”です。
もしあなたに内縁の人がいるなら、事はもっと重大ですね。
この場合の魔法の1行は「内縁の妻□□□□(住所を正確に記述。昭和△年△月△日生まれ)に私の全財産を遺贈する」です。
やや長くなります。あなたの戸籍に載っていない人ですから住所を正確に、生年月日も入れましょう。「あげる」「贈る」ではなく「遺贈する」と書きましょう。
※コチラを参考にしてください。
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■相続において「母と子」は利益相反します!
その観点から、もう一つの「妻に全財産を相続させる」
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静岡県家族信託協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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