前回、妻に全財産を相続させる遺言書を紹介しました。
”魔法の1行”の必要性は「内縁の妻」の方がより切実でしょう。
日本の相続法は「文書中心主義」だからです。
■民法は事実婚の人を守ってくれない
法(民法)は内縁の妻を守ってくれません。
あなたは今回「亡くなる人(被相続人)」です。
あなたはいつも笑顔のA子さんと同居しています。
奥さん(戸籍上の妻)とは20年前に別居、でも「子どもたちの将来に影響する」ということで離婚はさせてもらえませんでした。A子さんと暮らすためにあなたは郊外の小さな家を購入しました。
さて、あなたは今回死んでしまいます。それは寿命があって仕方のないこと。しかしA子さんのこれからのことを考えれば「仕方がない」では済みませんよ。このままではA子さんに何も残してあげられないことになるのですから。
あなたの相続人は「壁(茶色の線)」から左側の人たち。
別居して20年、ほとんど音信もない”戸籍上の妻と子たち”なのですが、あなたが粒粒辛苦して築いた財産の一切を相続するのは思い出すこともなくなったこの人たち(薄オレンジの膜内の人)です。
※戸籍上の妻との間に子がいますから、2位、3位の相続人に遺産を取得する権利はありません。
ですからあなたが亡くなった瞬間に、今住んでいるあなた名義の”自宅”の所有権も「戸籍上の妻と子たちの共有財産」になり、内縁の妻Aさんは、相続人に要求されると住み慣れた家から出て行かなければなりません。その他一切のあなたの財産も、その権利者は法定相続人たる「戸籍上の妻と子たち」ということになります。
リアリティを感じられないあなたには理不尽にしか思えないでしょうが、日本の法はそのようになっているのです。
■内縁の妻には「遺贈する」と書く
「そんなこと、させるものか」と思ってください。
あなたは最後の力を振り絞って、次のような遺言を書くべきです。
遺言書
遺言者静岡太郎は、同居している内縁の妻大石まゆみ(昭和27年11月3日生)に私の全財産を遺贈する。
平成○○年○○月○○日
静岡県静岡市○○区○○町○丁目○番○号
遺言者 静岡太郎 ㊞
戸籍に載っている「妻」に書く遺言は「相続させる」でした。
法定相続人以外の人や組織・団体に遺産を分けるときには「遺贈する」を使います。だから今回は「遺贈する」です。
ゼッタイに間違えないでください!
内縁の妻は当然ながら、戸籍に載っていません。遺言書を読む人たちは「大石まゆみ」と書かれていてもどこの誰かもわからない。誰にあげるかが分からなければ遺言書の意味がないので、遺贈する場合は受遺者(遺産を受け取る人)の住所と生年月日を書かなければなりません。
この遺言書に「大石まゆみ」さんの住所を書いていないのは「同居している内縁の妻」との表現があるので、住民票を見れば「どこの大石さん」かすぐわかるからです。
■事実婚夫婦の住民票の書き方
住民票と言えば、「内縁の妻」という表現に違和感をお持ちの方もいるかもしれません。
今では、「内縁」を「事実婚」というのが普通ですし、「事実婚」である理由もさまざまです。
そこで住民票への事実婚の書き方も3つのパターンがあります。
1番目は「住民票を別々にする」(新住所で”夫婦”がそれぞれに世帯主の登録をする。世帯を分離して登録する形)
2番目は「住民票を同一にし一方が世帯主になる」(夫が世帯主になるなら、一方は続柄に「妻(未届け)」という形になる)
3番目は上記と同じだが、続柄を「同居人」とする。
こういった社会情勢ですから遺言書への表記も「内縁の妻」が嫌なら「パートナー」でも「同居する○○」でもけっこうです。
■戸籍上の妻の立場にも配慮を
例示した文例は、緊急、やむを得ない場合に最低限書いておかなければならない魔法の一文です。
しかし戸籍上の妻や子がおり、しかもその人たちが静岡さんの旧居にそのまま暮らしている場合は「全財産を内縁の妻に遺贈」されると困り果てることになります。当然、遺留分減殺請求をする可能性があり「まゆみさん」が困惑することにもなりますから、本来は「前の財産」と「後の財産」を分けて遺言書を書いておきたいところです。
遺言書
遺言者静岡太郎は次の通り遺言する。
1 私と同居している内縁の妻大石まゆみ(昭和27年11月3日生)に現在ふたりで住んでいる静岡市○○区○○町○丁目○番○号の私所有の住宅と宅地を遺贈する。
2 静岡銀行横内支店の普通預金も大石まゆみに遺贈する。
3 その他一切の私の財産は戸籍上の妻静岡花子に相続させる。
4 この遺言の遺言執行者として次の者を指定する。
住所 静岡市葵区○○町○丁目○番○号
行政書士 石川秀樹
平成○○年○○月○○日
静岡県静岡市○○区○○町○丁目○番○号
遺言者 静岡太郎 ㊞
この遺言書の場合、財産を書き出したらきりがありません。
ですから「まゆみさん」と暮らしてから以降に得た財産の主なものを「まゆみさん」に、妻と暮らしていた時代の財産を「その他一切の財産」という言葉で表現し「妻に相続させる」としました。妻側の事情がわかっている場合には「妻静岡花子と長男○○、長女○○に法定相続分で相続させる」としてもいいでしょう。
■遺言執行者を指名しておく
遺言書の内容によっては、法定相続人たちが怒り遺言の執行に支障をきたす可能性があります。
ましてや今回は「内縁の妻対戸籍上の妻子」ということになりますから、「まゆみさん」を矢面に立たせるのは気の毒です。それゆえ遺言執行に困難が予想される場合には、遺言執行者を必ず指名しておきましょう。
遺言執行者は受遺者(被相続人から財産を遺贈される人)や相続人を代理して、預貯金や不動産などすべての遺産を管理・掌握して名義変更などを行います。受遺者や相続人は遺言執行者の仕事を邪魔することはできません。
遺言執行者には執行できる能力のある成人であれば誰でも就任できますが(相続人でも就任可能)、権限が強い上、その行使には法律知識も必要になるため、弁護士、行政書士、司法書士など遺言相続に精通した専門家を指名したほうが無難です。
いつも笑顔のA子さんを青ざめさせてはいけません。
結婚届を出していないご夫婦の場合、思い立った瞬間に魔法の1行を書いて、署名捺印、日付を書いて封筒に入れ(封緘するときに同じハンコを打つ)相方に手渡すことを強くおすすめします。
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静岡県遺言普及協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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