節税バカにならないでください!
よい相続にしたいなら「相続税」のことはいったん置いておきましょう。
財産が1―3億円程度の相続なら、相続税はそれほど高くはなりません。
節税対策に目の色を変えるより、どう遺したら相続人たちが幸せになれるかを考える方が王道です。
1回目の今日は、相続税が高くならない理由について、
2回目は、本来あるべき相続対策とはについて──考えていきます。
■1億5000慢円の遺産で6000慢円の相続税だって⁈
ここからは具体例でお話しします。
東京・中野区にお住いのAさん(70)は上場企業の部長を務めていました。
最近の悩みは「どうやら、大変な相続税がかかりそうだ」ということ。
Aさんが築いた財産は、本人曰く「マイホームを入れると1億5000万円になる」そうです。
1億5000万円にかかる相続税率は「40%!」だとAさんは思っています。
(Aさんの相続の場合、相続人は妻と子2人です)
税率40%と言っても、本当はそこから「1700万円」の税額控除があるんですが、意味がよくわからないので、その辺は無視して考えていたようです。
※税額控除 2つ目の表「相続税速算表」を見ていただけばイメージが掴めます。
「40%だなんて。日本の相続税はなんでこんなに高いんだ!!」
1億5000万円の40%、つまり6000万円も相続税を取られると思っていますから、怒りがおさまりません。
でもAさん、本当は全然違うんですよ!
と言うわけで私はAさんに粘り強く説明を始めました。
■財産を「正味の遺産額」で見れば6掛け以下に
Aさんの財産の内訳はこんな感じです(左枠からご覧ください)────
Aさんは23区内にマイホームを持てたのが自慢でした。
かかった費用は総計1億円。サラリーマンとしては限界に近い投資です。
その結果、Aさんは「1億5000万円相当の財産がある」<上の表・左>と思っていました。
この時点ではまだ「不動産」の課税価額についての知識がなく、購入時の金額で考えていたのです。
その後、雑誌を読んでいるうちに、土地については「路線価✕面積」または「固定資産税評価額✕倍率」で計算、家屋については「固定資産税評価額」をそのまま適用するということを知りました。<上の表・中>
その結果、不動産は「課税対象の財産」として見れば買値のほぼ半分の価値に。
「そうか、私の財産は約1億円か・・・・」
少し落胆しましたが、相続税のことを考えれば「かえって助かった」とも思ったようです。
私はAさんに、不動産以外でも課税価額が下がる財産があることを説明しました。
ゴルフ会員権などは相場の7掛けで計算します。
生命保険もちょっと特殊な財産です。
契約者がAさん(被相続人)で受取人が相続人の場合、「500万円✕法定相続人の数」の金額が非課税となり、課税価額から外れます。
Aさんの2000万円に当てはめると「500万円✕3人=1500万円」を外して、税金がかかる生命保険金額は500万円ということになります。
さらにAさんのお葬式に300万円かかると、その金額も相続財産の額から差し引かれます。
この結果、当初1億5000万円だと思っていたAさんの財産は、相続税の対象金額としては8140万円に圧縮されました<上の表・右>。
これが「正味の遺産額」です。
※「正味の遺産額」はとても重要な用語です。さらに詳しい説明はコチラ ↓
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■1億5000万円が3340万円まで圧縮⁉
「正味の遺産額」として自分の財産を見れば、課税される金額は相当圧縮されることがわかります。
さらに相続税には、「基礎控除額」という一大特典があるのです。
[3000万円+600万円✕法定相続人の数]
もうご存知の方が多いと思います、これが「相続税の基礎控除額」です。
「基礎控除」というのですから、当然、何かから差し引くわけです。
差し引く対象は「正味の遺産額」です。
「正味の遺産額-相続税の基礎控除額=課税遺産総額」
立て続けにいろいろな「額」が出てきました。
頭を整理するためにAさんの立場で数字を当てはめてみましょう。
- 本人が思っている遺産額[1億5000万円]
- 正味の遺産額[8140万円]
- 相続税の基礎控除額[3000万円+600万円✕3=4800万円]
- 課税遺産総額[8140万円-4800万円=3340万円]
1億5000万円だと思っていたAさんの財産は、”税金がかかる財産”という意味ではとうとう3340万円にまで圧縮されたのです。
この間Aさんは何もしていません。
正しい知識で自分の財産を「相続税を算出する時に使う数字」に当てはめただけ。
相続税の基礎控除額については多くの人が知っています。
しかし「正味の遺産額」については───自分の財産をどのような”価値”として相続税に当てはめていくか───、正しい知識を持っている人がほとんどいません。
これが「相続税は高い」と誤解するAさんのような人が出てくる、第一の原因です。
■相続税の速算表を使ってみた
相続税の計算法、前哨戦の話は以上で終わりです。
相続させる財産は巨額に見えても、実際に相続税が掛かる金額は大幅に圧縮されます。
本人が何もしなくても、そういうルールになっているのです。
ここからは後半戦。
相続税の財産評価法も知られていませんが、そこからどう相続税を算出していくかという「方法」についても、非常に多くの人たちが誤解しています。
つまりたいていの人が、ご自分の相続でどれだけの相続税が掛かるか、掛からないのかを知らないまま、漠然とした不安を抱えているのです。
Aさんは「相続税の速算表」を見ながらこんなことを言います。
「3340万円に相続税が掛かるということは分かりました。すると当てはめる数字は『5000万円以下』の税率、20%を使うんですか? そこから控除額の200万円を引くわけですよね。3340万円✕0.2-200万円だから、相続税は468万円!」
Aさんが計算に使った「速算表」はこれです。
右側に「控除額」とあります。これは「相続税の基礎控除額」とはまったく関係ありません。
課税遺産額に税率を掛け(20%なら「0.2」を掛け)、そこからこの「控除額」を引いた金額が実際の相続税額です。
ですからAさんの計算法は正しいのですが・・・・・・
残念ながら「課税遺産総額3340万円」に対するA家が納めるべき税額は「468万円」ではありません。
■相続税は相続した額に個別に掛ける
答えは「367万円」です!
Aさんが当初「相続税に6000万円取られる」と思っていましたから、Aさんが出した答え「468万円」でも十分安いわけですが、実際にはもっとずっと”値引きされている”ということです。
そのわけは────
Aさんは<イラスト・左の絵>のように、課税遺産全部(3340万円)に税率を掛けました。
これが、ブッ、ブーなんです。
相続税は「Aさんの課税遺産総額」には掛けません。
「総額」に掛けないのですから・・・・、そうです、相続人に分けた財産に個別に税率を掛けます<イラスト・右>。
相続税は累進課税ですから、大きな金額にバサッと掛けるより、小さく割った金額に掛け、それを足す方が税額ははるかに小さくなります。
ここで、重要な「1ステップ」を挟まなければなりません。
相続税は、いきなり「相続人に実際に分けた金額」には掛けません。
いったん、「法定相続分で各相続人に分けたとみなして」その金額に掛けるんです。
その理由は、直接分けた金額に税率を掛けると分け方によって税額に差が出てしまうからです。
税務当局は「同じ規模の財産なら同じ税額を」と思っているので、公平性を担保するためにめんどくさい1ステップを加えます。
下のイラストを見てイメージをつかんでください。
Aさんの課税遺産総額を3人の相続人に法定相続分で分けます。
妻は2分の1、子はそれぞれ4分の1ですから、妻は1670万円、子は各835万円。
これに速算表の税率を掛け合わせ右の数字が出ます。
さらにこれを合計。367.5万円。
これが理論上、A家の相続で支払うべき相続税です。
「367万円」は今回のA家の相続で「納めるべき相続税の上限」と思っていただいて結構です。
相続人への分け方によって相続税額は変わりますが、これ以上高くなることはありません。
それでは実際に、各相続人の相続税額を算出してみましょう。
理屈は簡単です。
[A家の相続税367.5万円]を相続人が実際に相続した金額で按分するだけです。
計算がしやすいように、ここでも「法定相続分で分けた」として按分してみます。
妻 367万円✕1/2=184万円
子 367万円✕1/4=92万円
子 367万円✕1/4=92万円
配偶者には「配偶者の税額軽減」という特例がありますから、正味の遺産額が1億6000万円以下ならいくら相続しても相続税は掛かりません。
なので、妻の相続税184万円は最終的に「ゼロ円」となります。
子の場合は適用すべき「特例」がないので「92万円」がそのまま相続税です。
子は2人とも相続人なので「92万円✕2=184万円」を納めなければなりません。
結局、Aさんが思っている「私の遺産1憶5000万円」に対する相続税はわずか184万円になりました!
「配偶者の税額軽減」はまことに強力な特例ですから、妻の相続分を多くしていけば相続税の全体額はさらに下がります。
妻がもらう正味の遺産額が1億6000万円以下なら無条件で無税ですから、Aさんの場合でも妻が全財産を相続すれば「相続税ゼロ」になります!
■節税バカに納得しないでください!
<私の財産は1億5000万円ある。相続税にタップリ持っていかれそうだ>
と誰しもAさんのように考えがちですが、何も対策しなくても、配偶者を相続人の軸にすれば”自称資産2億、3億円”程度なら「相続税ゼロ」にできるわけです。
今回は相続税のもう一つの大きな特例「小規模宅地等の特例」を使っていません。
この特例は「土地の評価額を最大8割引きします」から、相続税はさらに軽減できます。
だから「節税」「節税」と大騒ぎしないで、じっくり後に残る人たちの幸せを考えてください、と言っているのです。
もっとも、ご夫婦の相続なら「相続」は必ず2回あります。
例えば、第1次相続(例えば)「夫が亡くなり妻と子が相続」、第2次相続「妻が相続した分を子が相続」。
すると専門家の中には、
「2次相続までを考えると、妻が全財産を相続するようなことはやめたほうがいい。2次相続でガッポリ取られるから」
という解説をする人が出てきます。
こういう節税バカな人の言葉を、皆さんは「うのみ」にしないでください。
この説を唱える人が説くように、1次相続の税額を軽減したいために配偶者に多くを相続させると、(それをまた2次相続で相続することになるので)1次、2次の相続税総額がかえって膨らむ、というケースは確かによくあります。
しかし私が「相続税はコワくない」と断言しているのは、1次・2次相続を合わせても正味の遺産額1億―3億円までの相続では、実効税率はわずか「3.95%―15.67%」であり、大げさに騒ぐ必要がないことを知っているからです。
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相続対策(相続税対策)は誰のためにしますか?
税務当局を出し抜きたいためですか?
自分の知恵を誇り、相続人たちに喝采してもらうためですか?
私なら、わずかな税額を惜しんで配偶者(子から見れば「お母さん」)の老後の暮らしの安心を損なう対策はゼッタイにしません。
この辺の話をしたかった、というのが「相続税のこと」を長々と書いた理由です。
あまりにも長くなってしまったので、これ以降のお話は次回、解説したいと思います。
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<ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)>
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