専門家はどうも舌たらずだなぁ、と思う。
古い遺言書が出てきた、この遺言書は有効か無効か?
要式違反がなければ当然、有効である。
民法をかじっていれば常識だ。
「常識だ」と専門家は思っているので、普通の人がこういう状況に突然遭遇したときに何に困惑するのか、まったく想像力が及ばない。
「有効ですよ」と言われても、ただそれだけの答えでは困惑するだけなのに。
■古い遺言書の無効を唱えても意味なし
10月15日放送のNHK「生活笑百科」を観ていて感じたことである。
番組の内容はこんな感じ───
最近亡くなった祖父の古い遺言書が出てきた。
書いたのは30年も前!
当時と今とでは、家族の状況は大きく変わっている。
問題提起の主は、遺言当時まだ生まれていなかった相続人。
生まれていないのだから当然、遺言書に名前は出てこない。
遺産分割協議はすでに終わっており、遺言書が有効であれば自分が不利になる。
だから「遺言書は無効」と主張する。
さあ、有効ですか? 無効ですか?
以上が今週のテーマなのだが・・・・・
答えは明白で、遺言書に有効期限はないから、この遺言書は有効。
ただこれだけで終わってしまったので、私は「中身がないな」と感じてしまった。
遺言書が有効なら分け直しになるのか、ならないのか。
そもそも「遺言書通りにしなければならない」のだろうか。
弁護士ではない私が言うべきではないが、遺言書は遺産分割協議に優越するものの、「絶対的な拘束力」を持つわけではない。
法定相続人の遺留分は冒すことができないし(遺留分権利者は減殺請求をすれば侵害された分を取り戻すことができる)、そもそも相続人が一致すれば遺産分割協議で「遺言書の内容と異なる分割もできる」のである。
だから今週の主人公は「古い日付の遺言書は無効だ」と、負けるに決まっている主張を述べるのではなく、「遺言当時と状況が違っているのだから遺産分割協議をやり直そう」と主張すべきなのだ。
と言って、私は争族をあおる気で言っているのではない。
■遺言書の意思をくみ取れ!
「30年前の古い遺言書が出てくる」などということは極めて特殊な事情である。
しかしことは重大(遺言書は有効だから)。
ならば、もう一度法定相続人が集まって、遺言書の意図をどうくみ取るべきか話し合うしかない。
30年前の遺言書を盾に「お前は(遺言書に)名前がないのだから、相続分はなしね」などというのは、およそ議論の「ギ」の字にも値しない愚かな主張である。
一方、ここを先途と主人公が逆襲に転じるとしたら、それも大人げない。
相続の基本は「故人の意思」だ、と私は思う。
30年前のセピア色の遺言書が(有効ではあっても)今の状況に合っていないことは明白である。
ならば突然今になって、古い古い遺言書が出てきた意味は何か。
『俺の気持ちを忘れないででくれ』という故人からのメッセージだ、と受け止めるしかないではないか。
そこから先、あらためてどう決めるかは相続人たちの力量による。
全員一致なら、どのように決めようと、遺言書の内容と似ても似つかなくても、この相続は決する。
話し合った結果は、遺言書発見以前の結論と同じかもしれないし、(遺言書をきっかけに)何かくむところがあって大幅に分割内容を変えたかもしれない。
すべてがこの家族(相続人たち)の資質にかかわっている。
■民法は「他を思いやれ」と言っている
日本の相続法である民法を読むと、わかりにくさ、あいまいさに驚くことがある。
例えばこれ。まず話題になることのない条文だが・・・・・
第九百六条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
最初にこの条文に接したとき、何度も読み返したが、私には「意味不明」にしか思えなかった。
しかし人の相続にかかわり、何度も人のその時々の対応や変化(豹変)を見るにつけ、民法がわざわざこの条文を入れた意味は大きいぞ、と思うようになった。
頭がガチガチに硬い、ともすれば杓子定規で融通が利かないと思われる法律の専門家が、「遺産の内容によって相続の仕方を考えなさい。相続する人が老人なのか、現役バリバリなのか、若い人なのか、職業はどんなで、気持ちはやさしいのか冷淡なのか、今の暮らし向きはどうなのか、こういう一切の事情を考慮して遺産の分割を考えてくださいよ」と言っているのだ。
ひとことで言えば、「他を思いやれ!」ということ。
これは法律を作る側の、渾身のメッセージではないか!
つまり、知恵を働かせてください。
欲得だけで考えないで!
自分の利益だけをむさぼるな!
自分の周りを見渡して、バランスよく分けなさい!
と、言っている。
(今日のように争族多発を見れば、慧眼に恐れ入る)
◇
古い遺言書でも、要式が整っていさえすれば有効である。
遺言書は(ある意味)始末が悪いが、永遠に不滅(だからこそ取り扱い注意)。
うっかり者にかかれば、ある日突然、相続人たちを混乱に陥れる。
そんな時に、有効・無効を争っても仕方がない。
相続人たちの知恵が試されている。
とても良い機会だ。
古い遺言書は故人からのサプライズな”贈り物”だ。
見事に期待に応え、よりよい結論を導き出してほしい。
全員一致なら、遺言書を飛び越えることができる!!!
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<ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)>
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