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★ドラマ『遺産争族』の教訓、経営者は相続を甘く見るな、わが身を叱るキーマンを持て!

遺産争族3キーマン

 

テレビ朝日系の木曜ドラマ『遺産争族』は経営者に多くの教訓を残したのではないか。それは「相続を甘く見るな、事業承継に失敗すれば地獄を見る。そんなことにならないよう、わが身を叱る相続に詳しいキーマンを持て」だ。

 

河村家の相続にまつわる争いは、仏壇からの失火で主人公龍太郎の金庫が燃えてしまい財産のあらかたが”消滅?”したことで一同、つきものが落ちたように正気に戻り家族のきずなが戻ることに・・・・・・
ということらしいのだが、はて、そうなのか???
またへそ曲がりの虫がわいてきてしまった。
(ドラマにケチをつけたいんじゃないですよ、念のため)

 

■龍太郎の財産は消えていない!

<疑問1>は「本当に財産は消えたのか?」である。
仏壇のろうそくの火がふすまに燃え移り、奥に隠していた金庫周辺にも火が。「わしの80年を消されてたまるか」と、執念にかられた龍太郎が、孫の婿どの育生の制止を振り切って金庫の扉を開けてしまう。思わず「開けるな、バカ!」とテレビに向かって叫んでしまったが、空気に触れた金庫の中身はあっという間に消失!

 

まあ、そうなのだ。確かに2億円の札束は黒い燃えカスになった。株式や各種の会員権なども(もし置いていたなら)消失したことだろう。家も部分焼、修理が必要となる。
(これで家が全焼し、すべてが消えてくれていれば火災保険が下りたのに、というのは私の妄想だ)
しかし火事くらいでは、「龍太郎の相続財産が消えた」とはいえないのだ!

 

消えたのは現金2億円にすぎない。「権利関係」は証書が燃えても権利そのものはなくならない。家と土地の権利証、自社株も、ゴルフ会員権も。権利は残り、価値は損なわれず、相続税の価額に影響はない。老朽化した家ははじめから大した価値はないのであり、部分焼があっても影響は極小、土地の価値にも影響はない(家が消失しさら地になれば実勢価格はかえって上がるくらい)。となると龍太郎の財産は現金2億円が消えただけだ。何もぼう然とすることはないし、サバサバしてはいけない。

 

■財産なくしたら”人間性回復”ですか?!

<疑問2>財産を失った、つまりは80年の粒粒辛苦(りゅうりゅうしんく)を無にした、人間としてのアイデンティティを失った父親龍太郎になぜこんなにもドラマの登場人物たちはやさしく、物分かりがいいのか?
というのは、こんなから騒ぎを引き起こした張本人は龍太郎である。老いて相手にされず、寂しくなって財産をチラつかせて幼稚な遺言をしたためた。
ドラマでは「お父さんはバカなことをしたけれど、すべてを失ったことで(かえって)家族のきずなを取り戻させてくれた(めでたし、めでたし)」になっている。何がめでたいのか?!

 

7話目で女性弁護士が言った「地獄を見ますよ!」のセリフ思い出してほしいのだ。
ドラマは終わっていない。河村家はこれからほんとうに地獄を見るはずだ。
美人弁護士は今回何の役にも立たなかったが、”預言者”としては当たっている。

 

<疑問3>そこでこれが本日の本題。相続はどうなっている? これで決着はしていないだろう!!??
最大の疑問だ。説明したように、龍太郎の財産で消えたのは現金2億円だけである(「だけ」ではあるがこの喪失は痛い。痛すぎる! これから説明する)。

 

最終話で龍太郎の財産は10億円くらいであったことが明らかになった。
やや当てずっぽうながら、概略を書き出してみる。

  • 家と土地 3億円
  • 現金 2億円
  • 自社株 3億円
  • ゴルフ会員権やその他の権利 1億円
    (会員権は相場が下がり価値が半減した)

 

価値の目減りもあって合計9億円。うち2億円が火事で消え残り7億円。
相続税はどうなるか。長女の陽子が実家であるこの家を相続すれば小規模宅地の特例が土地330㎡については使えそうだ。しかし大特典である「配偶者の税額軽減の特例」や「後継者の自社株取得にかかる納税猶予の特例」などは使えそうもない。

 

まず土地の問題を考えてみる。家の価値はほぼゼロ円とする。土地は200坪(660㎡)、1坪単価は150万円と仮定。うち半分に対して小規模宅地の特例を使う。するとこの部分の土地の価値は80%減額されて1億5000万円が一気に3000万円に圧縮される。残余の100坪の価格は1億5000万円。その結果、土地の価値は3億円転じて1億8000万円ということになる。
この結果、火災後の龍太郎の財産の課税価格は計5億8000万円になる(まだこれだけの価値が残っているのだ!)。

 

これを陽子、月子、凛子が法定相続分通り3分の1ずつ相続したとする。
相続税の基礎控除額は 3000万円+600万円×3人=4800万円
5億8000万円-4800万円=5億3200万円 

 

相続税速算表

 

5億3200万円が今回の相続にかかる相続税の対象価格である。
1人当たり 5億3200万円÷3人=1億7733万円
これを「相続税の速算表」に当てはめて計算すると
1億7733万円×0.4-1700万円=5393万円(実効税率30.4%)

 

■現金2億円を焼いて相続税につぶされる?

相続人1人当たり5400万円。3姉妹はこの金額を現金で払えるのだろうか。
そこで龍太郎が燃やしてしまった現金2億円が悔やまれるのだ。
もしこれがあったとしたら?(計算してみよう)

 

相続税の重みに「家」が消し飛びそう

成功した会社オーナーの相続は存外重い。「家」がずれ落ちてしまいそう

 

課税価格は7億8000万円、基礎控除額4800万円。相続税の対象になる価格は7億3200万円。
7億3200万円÷3人=2億4400万円 1人当たりの相続税額は───
2億4400万円×0.45-2700万円=8280万円(実効税率33.9%)
うーん、かなり高い!

 

それでも2億円の現金があれば、2億円-(8280万円×3人)=▼4840万円
1人あたり1613万円の自己負担で済んだはずだ。
しかし、ちょっと思惑が外れた。実際に計算してみて、実は驚いている。なんと9億円の相続の恐るべきことか・・・・。
2億円を用意していても相続税を払いきれないなんて(2億円あればお釣りが来ると思っていた)。

 

■自社株の価値に無関心は、罪つくり

ドラマは現実のカリカチュア(戯画)である。
このような遺産争族はリアルではあり得ない(と信じたいが)、河村龍太郎を本当に嗤えるのかなあ、と思ってしまう。
上記の資産で、数字的には「非上場企業の自社株」の価値を控えめにした。
しかし現実には、もっと高評価の場合が少なくなく、しかも自社の株の価値に多くの経営者が気づいてさえいない。

 

折しも、戦後創業し「成功した」店や会社の経営者たちが引退する時期である。
自社株式は、創業したての頃は数百万円に満たなかっただろう。
高度成長に乗り業容を拡大し、株式数も増資増資で伸びていった。
それでもその価値は1株50円の感覚から抜けず、自社の価値が数億円にもなっていることに気づかない。

 

龍太郎は”創業経営者”の典型だ。
寿命尽きるころになって、思いついて弁護士を頼みとし遺言を書くくらいなら、もっとまともな税理士先生と付き合っているべきだったのではないか。税理士と言えども「相続に強い先生」はまれであることくらい気づいていてほしい。気づいていないからこそ事業承継にほっかむりしてこんな茶番劇につまらないエネルギーを使ってしまった(そして命尽きた)。

 

■会社を続けたければ外部にキーマンを持て

自社株は市場性はないのに、税務署的な見地からはとてつもない高い価値を持つまことにやっかいな財産である。
資産家には3種類ある。➀現金持ち、②会社持ち、③不動産持ち。
それぞれで相続対策は変わってくる。相続は1人の”先生”ではぜったいに解決しない。

 

龍太郎の場合は「会社持ち」だった。やっかいだが、対策はたてやすい。それなのに放置した。なぜか。気づかせてくれるキーマンがいなかったからだ。キーマンはすべてを解決してくれなくてもいい。手段ごとにプロにやってもらえばいいのだから。このたった1人のキーマンがいなければ相続は困難を極めるだろう。

 

今回の場合は「自社株対策が必要だ」と早くから気づく人がなぜいなかったのか(こんな自明なことなのに・・・・)。
本来なら陽子の夫、現役社長の恒三が周到に対策を練っているべきだった。
相続専用保険を使って法人から個人に現金を移すなり、自社株の価値下落作戦をとるなり、社長の自宅を会社に売るなど、会社に利益が出ているときにこそ相続リスクに備える策はいくつでも取れたはずなのだ。

 

もっとも今回のドラマでは会長と社長が犬猿の仲という設定。まじめな恒三としては動きようもなかったのかもしれない。その意味ではやはり龍太郎の人としての器の問題。社長のやるべき仕事の第一は後継社長を作ること。つくったのに嫉妬に駆られて邪魔だてをし、株式も譲らず”後継者”の力をわざわざそいでおく。これはオーナー社長の宿痾(しゅくあ。治らない病気)ではあるが、多くの先例と同様に末路を汚す結果になった。

 

というわけで私が言いたいのは、ただ1つ。
人間の業(ごう)はどうしようもない。
どうしようもないことを分かった上で、だからこそ相続を意識する歳になったら「相続に強い専門家、キーマン』を外に探しなさい──である。
10年前にそこに気づいていれば、会社を揺るがす争続は起こさずに済んだだろう。

 

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石川 秀樹

遺言、相続対策と家族信託の専門家です。特に最近は家族や事業を守るための民事信託への関心を強めています。遺言書や成年後見といった「民法」の法律体系の下では解決できない事案を、信託を使えば答えを導き出すことができるからです。
40年間、ジャーナリストでした。去る人、承継する人の想いがよりよくかみ合うようにお手伝いしていきます。

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