<超入門・お宅の相続で何が起きるか>を書いてみました。
相続に関心のない人に、いくら「相続対策が必要です」と説いても始まりません。
相続が起きると何が始まるのか、リアルに想像できなければ「問題がある」とは思わないし、問題を的確に把握できなければ「対策しよう」とは思わないでしょう。
そうですね。では、知ってもらいましょう、
お宅で相続が発生すると何が起きるか、を。
■サラリーマンの老後、年金では不足!
ここにちょうどよい資料があります。
かんぽ生命の「老後の生活資金のご準備は?」というパンフレットです。
元サラリーマン夫婦の「老後の生活費」と「年金額」が出ています。
老後の夫婦の暮らしはこんな感じです。
夫婦2人で毎月かかる生活費は29万6000円弱。
意外とかかるものですね。
これに対し2人合わせた年金額は毎月22万1000円くらい。
毎月7万4000円ほど足りず、預金を崩してきました(下の表)
老後の生活に年金だけでは足りないことがはっきりわかります。
※夫は40年間勤続。在職中には月42.8万円(ボーナスも含み)の収入がある。妻はずっと専業主婦。
■10年間で500万円、貯金から補てん
さて、話を具体的にするためにこの夫婦にあなたを当てはめてみましょう。
「あなた(68)」は元サラリーマンの夫(70)と現在2人暮らしです。
2人の子は共に独立し、別に生計を立てています。
夫は健在ですが、今回は夫が先に亡くなる前提で考えていきます。
お宅の財産(大半は夫名義)で、大きなウエートを占めるものは30年前に4000万円で購入したマイホーム(家120㎡、土地130㎡)です。
預貯金は現在2000万円。
夫は60歳で定年を迎え、65歳で完全退職。以後は年金生活です。
現職時代と同じ感覚で暮らしてきたので、年金では毎月赤字が出て、この10年で500万円ほど預貯金を取り崩しています。
あなたは少し不安ですが、夫が1500万円の生命保険に入っているので安心しています。
反省点は、500万円も貯金を減らしてしまったこと。
「もっと節約すべきだった」と思うものの、夫がいるし、家のローンも完済。
子どもも結婚して独立していますから、このまま何とかいけそうだと楽観しています。
■夫の死後も大丈夫かは相続次第
楽観していていいかどうかは、実は相続次第です!
夫が亡くなった時に起こりそうな事態を描いてみましょう。
お宅の財産(すべて夫名義ですが)をあらためて書き出します。
- 家と宅地 4000万円(30年前に購入した当時の価格)
- 預貯金 2000万円
- 生命保険 1500万円
あなたはきっと、相続税を気にするでしょうね。
でも心配ご無用です。
相続税はかかりません(理由は後述)。
そんなことよりもっと重要なことがあります。
あなたたちご夫婦は、2人で築いた財産を誰にどのように分けるつもりでしょうか。
そのことをきちんと話し合っていますか?
「私と子どもとで平等に分ける」ですって⁉
よく計算してください、それではあなたの”自殺行為”になりませんか?
■「法定相続分」に振り回されるな!
あなたと同じような発想をする人はとても多いです。
相続を「自分事」にしていないから、そんな甘いことを言うのです。
相続を考えるときに、知り合いからの聞きかじりで判断するのは絶対にやめてください。
友達の事例はあなたに当てはまりませんし、”相続の成功事例”を持っている人なんか、滅多にいません。
何もしなかった結果、苦い思いを持つ人の方が圧倒的に多いはずです。
よく惑わされる言葉に「法定相続分」というものがあります。
法定通り(民法に書いてある通り)に分けなければならないと思いがちですが、違います。
法定相続分は「分ける目安」にすぎません。
しいて言えば、相続がもめて裁判になり決着が付ないときに、裁判官がよりどころとする数字です。
相続は「遺言」で分けるのが基本です。
遺言者は、自分の財産を誰にあげるか自由に決めることができます。
ところが遺言書を残す人は10人に1人。
遺言書がない大半の相続はどうなるのでしょう。
法定相続人全員で遺産の分け方を決めなければなりません。
これが「遺産分割協議」です。
この場合、亡くなった人の財産はいったん自動的に「法定相続人の共有財産」になります。
共有の財産なので、誰にどのように分けるか、全員一致で決めなければならないのです。
このとき、法定相続分は関係ありません。
実際上は誰しも「法定相続分はもらいたい」と思うでしょうから、分ける目安にはなりますが、必ずしもそうしなくても結構です。
「全員一致で決める」というのがポイントで、1人でも反対する相続人がいれば協議はまとまりません。
だから、おのずと妥協点を見つけるよう調整する力が法定相続人間で働く、と民法は期待しています。
「妥協し合ってうまくまとめてくださいね」と相続人を促しているんです。
■老後の資金を子に分けるんですか⁉
先の話に戻ります。
あなたは「子どもと平等に分ける」と言いました。
「平等」の意味は、「3人同額にする」という意味でしょうか?
それとも「法定相続分通り」に分ける(あなた2分の1、子それぞれ4分の1)?
いずれにしてもあなたは、「子どもに相当な額を分けなければいけない」と思っているようですね。
問題は、まさにそこです!!
大事な大事な老後資金をあなたは、子に分けるんですか⁉
だから冒頭に「老後の生活資金」を示したんですよ。
相続が発生したということは、夫はもういないということです。
夫がいないんですから、お宅の年金収入も当然変わってきます。
「遺族年金でほぼ半分になる、そんなことは知っている」
と言いたそうですね。
半分では、とても安心していくには足りないんです!
夫婦が1人になったときに年金収入がどうなるかは3パターンあります。
あなたが専業主婦であった場合、以下の表のようになる可能性が高い。
あなた自身の老齢基礎年金5万円と、遺族厚生年金として夫の老齢厚生年金の4分の3(平均で約7万円)。
計12万円程度が毎月支給されることになります。
夫婦の年金額の半分よりは多いわけですが、これでは赤字が出ます。
60歳以上の女性単身世帯での消費支出は毎月約15万円(平均)なので、不足分は3万円。
今から2年後に夫が亡くなったと仮定しましょう。
あなたは70歳、平均寿命まで20年(100歳までなら30年)あります。
ここからは単純計算です。
あなたが90歳まで生きれば不足額の合計は720万円、100歳までなら約1000万円。
■老後の資金を奪っていく「相続」
預貯金2000万円が半減しそうですね。
でもあなたには1500万円の保険金がある。
楽勝! 大丈夫、困窮することなく生きていけます・・・・・。
と言うことになるんでしょうか。本当に?
あなたは夫が亡くなったら、自宅で独り暮らしをするつもりですか?
あなたの健康度は? あなたは病気をしない? 認知症とも無縁?
要介護認定もまったく必要ないまま、かくしゃくとして100歳まで生きていく?
介護保険があっても自己負担があるから、要介護状態になると月の出費はかさみます。
私の両親は共に90歳ですが、ふたりとも今は寝たきりの状態。
自己負担額は合わせて月に37万円くらいです。
デーサービス、ショートステイ、老健施設、特養、老人病院・・・・・
いろいろな支援の手段がありますが、負担は決して軽くはありません。
わが家では、足りない分は子である私が補てんしているからまだ回っていますが、
夫の死後、あなたが独り暮らしをするのだとしたら、”安心料”は相当持っていなければ不安でたまらないはずです。
それなのにあなたには「相続」という難題が待ち構えています。
「老後の安心」に足りない資産を、子どもと分け合えというんですから。
■法定相続分を盾に預貯金を狙われる
いよいよ「相続」の話をしましょう。
最大の難問は「法定相続分」です。
はっきり申し上げて、あなたのお子さんが今風のドライな考えの持ち主で「権利を主張することが正義である」と思っているとしたら、この問題は解決しません。
法定相続分通り遺産の半分を子に相続させたら、あなたは破たんするでしょう。
法定相続分は
- 妻(あなた) 2分の1
- 子1 4分の1
- 子2 4分の1
遺産は
- 家と宅地 4000万円(30年前に購入当時の価格)
- 預貯金 2000万円
- 生命保険 1500万円
ですよね。額面の価値は7500万円。相当な資産です。
※ただし「生命保険」は受取人の固有財産なので相続財産には入れません(後述)。
どう分けますか?
あなたが夫と共に暮らしてきた家を出る気はありますか?
あり得ないでしょうね。だから不動産はあなたが相続する。
残るは預貯金2000万円と生命保険の死亡保険金1500万円。
でも死亡保険金は、実はあなた固有の財産です。
※遺産分割協議にかけなくてよいので、お宅の相続財産は4000万円+2000万円の6000万円ということになります。
結局あなたが得るのは不動産と保険金の5500万円です。
子たちから見れば「お母さんがもらいすぎ」と見えるでしょう。
最低でも「預貯金は1000万円ずつ兄弟で分けたい」と預貯金が”狙われ”ます。
(「狙われる」とはドギツイ言い方ですが、「預貯金を全部寄こせ」と言っているんですからね)
机上の計算では、生活費補てん分は20年で720万円、100歳まで生きて1000万円。
確かに「保険金の1500万円があるんだからお釣りが来る」と言えばその通りですが、あなたは納得するんでしょうか?
■法定通りに分けたらあなたは破たん!
あなたが納得してしまうんなら、話はこれで終わりです。
まあ、仕方ないかも・・・・・。
これで決着するなら、まだ「ましな相続」と言えるくらいです。
現実には、もっとひどい息子たちがいくらでもいますから。
その例です────
お宅の相続財産は(生命保険を除くので)▼不動産4000万円と▼預貯金2000万円です。
法定相続分で計算すると、▼あなた3000万円、▼子各1500万円。
上の相続で実際に子が得たのは預貯金全額の2000万円ですが、これでも子から見れば各500万円、法定相続分に足りません。
親から相続することを当然の権利と思っている”親不孝者”は次に何を要求するでしょうか?
「法定相続分に欠ける500万円を払え」と言いそうです。
「そんなお金はない」と言えば、「保険金があるでしょう!」。
あなたは泣く泣くドラ息子たちに500万円ずつ払わされ、虎の子の保険金はたった500万円に。
今度は確実に、十数年後に「残金ゼロ」になります!
いいですか、普通のお宅では「法定相続分」では分けられないんですよ。
分けたくても、分けられないんです!
普通のお宅にとってマイホームは一番価額が大きい財産です。
でも2つや3つに分けられますか? 区分けして一緒に住みますか?
民法が「法定通りに」なんで言っても、土台無理なんですよ。
分けられない財産を無理やり分けるとき、相続の実務では「代償金」という解決方法をとります。
価値多くもらった人が、少なくしかもらえなかった人に、埋め合わせとして現金を渡します。
上の例では、お母さんが子に500万円ずつ払ったのが代償金です。
でも主な財産がマイホームしかない場合、お母さんはどうやって代償金をねん出するんでしょう。
子から「法定相続分を」と言われた途端、お母さんの近未来の家計は破たんを約束されたも同然です!!
”親不孝者””ドラ息子たち”と書きましたが、彼らは無法を言っているわけではない、というところが日本の相続の泣き所です。
どこの世界に母親の老後の安心を奪って、(夫婦の財産形成になんの貢献もしていない)子に不労所得を得させることを正義とする法があるでしょうか。
まさに「相続」においては、民法が”悪法”になっています。
■保険に入っていなければ家までも・・・・
ところで、この相続で夫は妻のために何もしていないようですが、1つだけとてもよいことをしています。
お気づきですか?
そうです、生命保険です。
妻に言われるがままに40代で、貯金代わりに1500万円の生命保険に加入しました。
これが最後の最後で”妻のセーフティーネット”の役割を果たしています。
(上の例で言えば、子に500万円ずつ払ってもなお500万円は手元に残ったわけです)
もし生命保険に入っていなければお宅の財産はこうなっていたはずです。
- 家と宅地 4000万円(30年前に購入した当時の価格)
- 預貯金 3500万円(保険の代わりに預金が1500万円増)
先ほど「生命保険」は相続税の対象にはなるものの、遺産分割協議にかけるべき「相続財産」には入っていませんでした。
今度は「預貯金」に代わっていますから、入ります。
相続財産は7500万円。ゆえに、法定相続分も上がります────
あなた 3750万円
子1 1875万円
子2 1875万円
あなたが自宅(4000万円相当)を相続すれば、子らは「預金は兄弟ふたりで分ける」と主張するでしょう。
それどころか、「預金をもらっても法定相続分に125万円ずつ足りない。家を売ってみんなで分けるべきだ」と言い出しかねません。
預貯金を全額”奪われ”、さらには「家まで売れ」と。
こうなっていたかもしれないんです。
そんなバカ息子はいない、とあなたは思いますか・・・・。
■親子といえども”敵同士”!
その認識はとても甘いです!
こんな実例がありました。
夫が遺言書を遺し、そこには「自宅の建物と土地は長男○○に相続させる」とありました。
夫は妻が亡くなった後の2次相続のことまで考え、早めに不動産を長男夫婦に譲っておく方が相続税を節税できると考えたようです。
その結果、妻は長男から「この家はお父さんから僕がもらったんだから、お母さん、出て行ってよ」と言われてしまいました。
男親の子思いが完全に裏目に出ました。
「そんなバカな、極端だ、例外でしょ⁉」
そんなことはありません。
先日、<民法(相続関係)等の改正に関する中間試案のたたき台>というのが出されました。
その冒頭に出てきたのがコレでした。
「配偶者の居住権を保護するための方策」ですよ⁉
実は私も、先の話はマレな例だと思っていましたから、いきなり「配偶者の居住権」が出てきて、ほんとうにびっくりしました。
「方策」には「短期」と「長期」の保護策が出てきますが、これが前提にしているのはまさに「親が子にマイホームから追い出されるの図」です。
まさかねぇ、こんなことが常態化しているとは・・・・。
親子といえども”敵同士”!
と私は、思わず付せんを貼りました。
さらにページを繰っていくと「配偶者の相続分の見直し」も出てきました。
婚姻して20年がたった夫婦の場合、配偶者の相続分を(例えば「配偶者:子」の場合)現行の「1:1」ではなく「配偶者2:子1」にしようではないか、という案です。
これなども先ほどの「バカ息子:泣く母親」の事例を思い出してみると
<そうだよな、それくらいにしないと老親を守れない>
と、私は大いに納得してしまいました。
■遺言者の想いを邪魔する「遺留分」という制度
長くなりましたが、最後に「遺留分」の話もしておいた方がよさそうですね。
遺留分は「遺された人の最低限の生活を守る」という意義があるわけですが、この権利が濫用されると「親不孝者たちを不当に利し、財産を遺す人の想いを邪魔してしまう」という結果になります。
次の例を見て下さい。
財産が▼自宅(家と土地)4000万円と▼預貯金が1000万円しかない相続で、夫が妻の老後の生活を思い「妻に全財産を相続させる」という遺言を書いた例です。
◎遺言がない場合
妻の法定相続分 2500万円
子1、2の法定相続分 各1250万円
お母さんは自宅を離れるわけにいかないのでそれを相続。
子には500万円ずつ、自分の余剰資金はゼロになります。
それでも子たちからみれば500万円では法定相続分より750万円も足りない。
結局お母さんは子たちから要求されれば750万円ずつ(計1500万円)「代償金」を払わなければなりません。
まさに無理難題です。
◎全財産を相続させる遺言書の効果
夫が遺言を書いた結果、上の例よりはましになります。
遺言書で分け方を指定したことで、「遺留分」という観念が浮上するからです。
遺留分は法定相続分の半分です。
子1、2の「遺留分」は各625万円。
2人は預貯金から500万円ずつもらうので、足りないのは各125万円。
「遺留分」という観念が浮上したので、遺言がない場合の半分に値切れたわけです。
しかし、ここからが問題です。
遺留分は法定相続分とは違い、請求されたら(「遺留分減殺請求」といいます)絶対にはらわなければならないという「権利」なのです。
だからお母さんは、子たちから減殺(げんさい)請求されれば払わざるを得ません。
払えるでしょうか。
家は相続したものの余裕資金ゼロのお母さんには、この上250万円ものお金は払えっこありません。
でも払うのは義務。
返せる当てもないのに借金するか、家を手離し小さなアパートに住み換えるか。
厳しい選択が迫られます。
■相続の現場知らずの数字バカ
以上が普通のお宅の相続で起きがちな相続紛争の形です。
「争族」という言葉が一般化している昨今ですが、「争族は資産家の家庭で起きること」というのはまったくの誤解です。
年間10万件以上発生している相続紛争のうち4件中3件は「遺産額5000万円以下」の家庭で起きているというのはもはや常識。
中には数十万円の争いが審判にまでなっています。
兄弟姉妹の財産をめぐる争いは、ある意味でその人たちの”人間性の問題”なので、私は「お好きにどうぞ」と思うだけです。
しかし、お母さんを巻き込むとなったら話は違います。
今回の例では、子をまるで身勝手で強欲な人と決めつけるような書き方をしましたが、「1次相続ではお母さんに全部もらってもらおう」というご家庭は今でも数多く存在します。
でも、「こういう家庭が大半」とは言えない昨今なので危惧しているわけです。
もう一つ気になるのは、昨年の相続税法の改正以来「相続(税)セミナー」が各所で行われていますが、その多くの会場で
「1次相続で配偶者の相続分を多くすると相続税額は低くなるが、お母さんが亡くなる2次相続では配偶者の税額軽減が使えないため、1次・2次合わせた相続税額はかえって高くなる」
というような”相続の現場知らずの数字バカ”な論が強調されていることです。
1次相続でお母さんに全財産を相続させると、2次相続で相続税額が増える場合があることは事実。
しかし(ここで紹介した)普通のお宅の相続で、1次相続でお母さんにすべてを相続させたので2次相続で莫大な相続税が掛かる、なんてことは絶対にありません。
わずかな金銭負担に目がくらんで、お母さんの老後を台無しにしないでください!
この辺は次回、詳しく数字をあげて証明します。
◇
また、このブログの前半で「相続税は心配するな」と書きました。
長くなりすぎたので、解説はコチラをお読みください。
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<ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)>
■■ 遺言相続・家族信託.net ■■