親と同居する長男のお嫁さんは難しい立場にいます。
義父母や親族を常に気遣っていなければなりません。
でも、こと「相続」においては、優遇されているどころか「法定相続人」ですらなく、初めからカヤの外です。
今回は、お嫁さんを優遇する遺言書を考えてみます。
■1次相続で「実家」は長男が相続
「静岡家」では、長男夫婦が両親と30年来同居しています。
今回の主人公は「私」(静岡太一 62)の母、静岡花子(88)です。
花子は自身が夫、静岡太郎(故人)の両親と永年暮らしていたため”同居の苦労”がよくわかっています。
夫とも「相続ではみどりさん(太一の嫁)のことも考えましょうね」と話していました。
それなのに、夫は心筋梗塞で10年前に急逝してしまい、実際には何もすることができませんでした。
太郎が遺した静岡家の主な財産は、ローン完済済みのマイホーム(4000万円相当)と預貯金3200万円。
1次相続では相続税のことも考え、自宅と土地は「私(太一)」が相続、預貯金は母花子がすべて相続しました。
■母親が主導権、皆をまとめる
「相続税のこと」とは、こういうことです。
父母のマイホームはいずれ長男である「私」が相続することが既定路線でした。
ならば一次相続で、一番大きな財産である不動産を母にではなく私が相続してしまう。
私は被相続人の父と同居の親族ですから、「小規模宅地の特例」が無条件で使えます。
これにより宅地(3000万円相当)を8割減で相続できる。
配偶者である母には当然、「配偶者の税額軽減の特例」が適用されます。
1億6000万円までは相続税がかかりません。
これにより私も母も、相続税を払うことなく相続完了です。
妹と弟は何も相続しませんでしたが、特に異論は出ませんでした。
遺産分割協議の席で母が「自分の考え」として以下のようなことを話したからです。
「お父さんが亡くなった今度の相続は過渡的な相続です。だから私が全部引き継ぎます。私が死んだときにみんなでわけなさい。ただ、この家は今のうちに長男に譲っておいた方がいいでしょう。代わりに私の面倒をみてください」
相続の方針について「私」は事前に母と話し合っています。
母は嫁のみどりのことを気にかけていましたが、今回は”実家”(不動産)の相続を落着させることを優先しました。
■嫁にわが子と同額を遺贈!
一次相続から10年たちました。
母花子は体力が衰え、物忘れも激しくなってきたため遺言を書くことにしました。
母は長男夫婦と同居し家計費の負担はなく、また重い病気にかかることもなかったので、預貯金は3200万円が手つかずで残っています。
母の遺言はこんな内容です。
遺言書
私、静岡花子は以下のように遺言します。
- ○○○○銀行△△支店の預金とゆうちょ銀行の貯金を、長男太一、長女さゆり、次男浩二に各4分の1ずつ相続させます。
- 上記の預貯金を遺言に従って3人に相続させる4分の1の金額が残ります。その全額を長男の嫁、みどりに遺贈します。
付言 預貯金はおよそ3200万円あります。長男夫婦と一緒に暮らしていたおかげで、夫太郎から相続した金融資産をそのまま遺すことができました。
これは亡きお父さんの遺産でもあるので、太一、さゆり、浩二とみどりさんの4人で等分に分け、有意義に使ってください。
みどりさん、長い間の同居、ほんとうにお疲れ様でした。ずいぶん気を使わせてしまったと思います。私はしあわせでした。深く感謝しています。ありがとう。
平成○○年○○月○○日
静岡県静岡市○○区○○町○丁目○番○号
遺言者 静岡花子 ㊞
■「遺留分」の問題はクリア
法定相続人であるわが子3人と、日ごろから世話になっている長男の嫁の計4人に預貯金を均等に分け与えるという遺言です。
「割合で分ける遺言」は、対象が分けにくい財産の場合は「遺産分割協議」であらためて協議する必要が出てきますが、今回は金融財産(預貯金)なので協議を要せず、800万円ずつ分ければいいことになります。
この二次相続の法定相続人はきょうだい3人。
相続財産が預貯金3200万円ですから法定相続分は各1066万円(端数切り捨て)、遺留分は533万円です。
お嫁さんに遺贈された分だけ法定相続人の取り分は減り、妹と弟には不満が残ったかもしれません。
しかし遺留分は十分に超えているので、減殺請求はできません。
夫婦単位で考えると長男夫婦は弟妹の倍をもらった上、一次相続で実家(4000万円相当)を相続しています。
弟妹からすると「お兄さんたちばかり得した」という感じがするでしょう。
しかしこれこそが、母花子が練りに練った決着だったのです。
現在、「三世代同居」は全世帯の1割にもなりません。
お嫁さんは誰でも、義父母と同居したくないんです。
そういう時代に、ずっと家族として暮らしてこられたことに母は深く感謝していました。
しかし、かつてのように長子相続が通用する時代でもありません。
”同居している家族”だけを優遇すると他のきょうだいは反発し、争族になりかねません。
永年暮らしたお嫁さんに報いたいという母の想いをどう実現させるか、
苦心の遺言書であったと思います。
今回の遺言は、読む人の立場によって評価は大きく分かれると思います。
◇
この辺の遺言者の心理と遺言方法については「遺言の技術」のカテゴリーで、近いうちにあらためて解説することにします。
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静岡県遺言普及協会
ジャーナリスト石川秀樹(相続指南処、行政書士)
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